最新記事

解剖学

北斎は幽霊っぽさを出すために子供の頭蓋骨を使った【名画の謎を解く】

2019年3月15日(金)10時35分
原島広至

撮影:原島広至

<解剖学は名画・彫刻に対する新たな洞察を与えてくれる。例えば、葛飾北斎の幽霊画『百物語 こはだ小平次(小平二)』は、アゴと頭蓋骨に何やら違和感を覚えるが、それは何を意味するのか>

絵画の鑑賞は、一つの謎解きである。なぜこの人物が描かれているのか、なぜこの姿勢なのか、なぜ背景にこれが描かれているのか、なぜ画中の人物の服はこの色なのか? 画家はそのキャンバスに様々な思いを込めて描くが、その解き明かしを言葉としてはあまり残していない。

それらを探るには、その絵のテーマの背景となっている人間関係や、歴史的な背景、また画家の生涯に関する情報などが助けになる。そして、時として「解剖学」に関する知識も、絵を分析するのに良い道具となる。

筆者は『名画と解剖学――『マダムX』にはなぜ鎖骨がないのか?』(CCCメディアハウス)で、解剖学から見なければ洞察しえなかった名画・彫刻に関する新たな着眼点を、豊富な図解によって説明した。この本の中から3つの話を取り上げ、3回に分けて掲載する。

【名画の謎を解く】
※第2回:モデルの乳がんを、レンブラントは意図せず描いた
※第3回:500年間誰も気づかなかったダビデ像の「目の秘密」

◇ ◇ ◇

浮世絵師「葛飾北斎」のゆかりの地に建つ「すみだ北斎美術館」には、幽霊を描いた一枚の浮世絵が展示されている。葛飾北斎作『百物語 こはだ小平次(小平二)』(1833年頃)である。この作品、解剖学的に見ると実に興味深い。

meigabook190315-2.jpg

画像:すみだ北斎美術館

まずはこの浮世絵について概説しよう。こはだ(小幡)小平次とは、怪談物に登場する歌舞伎役者。演技が下手で一向にうだつが上がらず、端役の幽霊役を与えられたところ、幽霊顔をしていた上に幽霊の演技が絶妙だったために、ようやく人気が出てきた。

小平次の妻のお塚は毒婦で、鼓打ちの左九郎(佐九郎)と密通していて、左九郎に旦那の小平次を殺すようにけしかけた。左九郎は小平次を釣りに誘い出し、船から突き落として溺死させる。

しかし、お塚の家に行った左九郎の前に、本当の幽霊となった小平次が現れた。しかも、芝居で演技していた幽霊そのままの姿で。左九郎は狂い死にし、お塚は指が腐って非業の死を遂げた。江戸時代には、女の幽霊といえばお岩さん、男の幽霊といえば小平次と呼ばれたほど有名な話だった。

恨めしそうに上目遣いしている両目がややユーモラスだが、夜中に蚊帳を押し下げてこんな顔が現れてきたら、さぞ驚くことだろう。

少しこの絵の細かいところを観察しよう。ヒトの下顎骨(アゴの骨)は、水平部分の「下顎体」と垂直に伸びる「下顎枝(かがくし)」からなる。小平次の下顎枝は極めて小さく、下顎体もかなりきゃしゃである。成人ならば下顎枝がもっと大きく、下顎体はもっと高さがあるはずである。図で示すと下のようになる。

meigabook190315-3.jpg

画像:Shutterstock.com

幽霊の頭蓋骨全体のプロポーションは成人のものに見えるし、そもそも幽霊の小平次は成人である。しかし、下顎骨だけはどうも新生児や小児のものである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米シカゴ連銀総裁、12月利下げに「不安」 物価デー

ビジネス

米国株式市場=序盤の上げから急反落、テクノロジー株

ワールド

トランプ氏の首都への州兵派遣、米地裁が一時差し止め

ワールド

米がG20首脳会議参加の可能性と南ア大統領、ホワイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中