最新記事

BOOKS

婚約破棄、辞職、借金、自殺......知られざる加害者家族の苦悩

2018年3月23日(金)17時42分
印南敦史(作家、書評家)

正人が逮捕された日は大きなニュースが続いていたため、事件が大々的に報道されることはなく、自宅に訪ねてくる報道陣も少なく、嫌がらせを受けるようなこともなかったそうだ。しかし数日後、正人の妹の正美が泣きながら電話をかけてきた。彼女は職場の同僚と交際していたが、兄の事件を知った交際相手から、別れたいと言ってきたというのだ。正美は同じ職場で働くことに耐えられず、退職を決意した。

ところが翌日、当事者同士の話は決着しているはずなのに、正美の交際相手の両親が、親戚の男性ふたりを連れて家を訪れた。あまりに威圧的な態度に、よし子と康夫は圧倒されることになる。


「殺人犯の家族との結婚は許すことはできません。私たちからもよく息子に言い聞かせ、別れてもらいました。ただ、息子も私たち家族も心配しているのは、正美さんからの復讐です」
「復讐? まさか、正美がそんな......」
 交際相手の母親は、急に怯えたような口調で話し始めた。
「お兄さんがあんな事件起こしているんだから......、同じようにうちの子にも腹いせに何かするんじゃないかと......」
 まるで娘も犯罪者であるかのような口調に、よし子は込み上げる怒りを抑えられなかった。
「それは、いくらなんでも酷すぎます......」
「とにかく、正美さんをきちんと監視しておいてください。うちとしては警察にも相談していますから......」
「もう、帰ってください!」
 泣きながら取り乱すよし子を、康夫は必死でなだめていた。殺人犯の家族は、みな人を傷つけるというのか......。康夫も悔しくて涙が止まらなかった。(15~16ページより)

このくだりを読んで思い出したのは、1988~89年に起きた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件だった。犯人である宮崎勤の両親と姉妹2人兄弟2人が事件を契機に執拗な嫌がらせを受け、長女は婚約破棄、次女も学校を自主退学、2人の兄弟も辞職し、父親が自殺したという話だ。

事件の残虐性のみならず、残された家族の苦悩が印象に残っていたためだが、いずれにしても家族が犯罪を犯した場合、ある意味で犯人以上に加害者家族が苦しむことになるといえるのかもしれない。事実、報道されるかどうかで家族の運命が変わることを著者も認めている。

微罪の場合、報道は事件が起きた地域の、地方版の中で小さく報道されて終わるケースが多い。しかし被疑者の氏名、年齢、職業、住所も「○丁目」というところまで報道されるため、そこから家族の情報が公になってしまう。

報道が一時的なものであったとしても、今はインターネット上に情報が残る時代だ。加害者家族にとっては、報道されるか否かでその後の人生が大きく左右されることになるのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 7
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中