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路上生活・借金・離婚・癌......ものを書くことが彼女を救った

在日2世の女性が壮絶な半生を綴った『不死身の花』は、折れない強さに驚かされるが、その危うさも露呈している

2016年1月27日(水)16時54分
印南敦史(書評家、ライター)

不死身の花――夜の街を生き抜いた元ストリート・チルドレンの私』(生島マリカ著、新潮社)は、在日2世として複雑な環境に生まれ育ち、ドラマティックな半生を送ってきた著者の自伝。ブログなどで発表してきたコラムに加筆修正したものだという。

「浮浪児」「借金」「結婚」「離婚」「癌」「レイプ」と、帯に並ぶ文字を目で追うだけでも、内容の濃密さをイメージできる。そんなこともあり、読む前から相応の期待感を持っていた。

 なのに、この読後感の悪さはなんなのだろう? 先ほど読み終えたばかりなのだが、言葉に置き換えにくいいやな気分が、いまだ心の奥の方に淀んだまま消えない。「あたし」口調で語られるそのストーリーは、そのつど「この先どうなっていくんだろう?」と感じさせもしたが、期待しすぎた部分があったことを反省せざるを得ない。


 両親から受けた教えなどという大層なものは何もないが、時折印象的な言動で、あたしの人間形成の礎(いしずえ)になったと思われる出来事はいくつかある。
 普通の親なら認めないことを認め、子供を早くから一個人として扱い、世の中の建前も、親としての建前も取っ払ってあたしに晒した。良くも、悪くも。(中略)常に本音を晒すということは、傷つく時はダメージも大きいということを知らないで、十三歳から魑魅魍魎犇(ひし)めく世間に出たあたしには、現実の社会は厳しいものだった。それは、自分の身を守る術を知らないで直接大人と関わらねばならなくなったあたしには、無防備極まりない事実だった。(26ページより)

 たしかに、そうなのかもしれない。事実、経済的に裕福でありながら、育った家庭は温かい場所ではなかったようだ。しかも若くして母親を亡くし、父親はその3カ月後に再婚。結果的には、金銭援助を受けられないまま家から追い出され、13歳にしてストリート・チルドレン生活を余儀なくされたというのだから、"本来なら背負わなくてもいいもの"を背負ってしまったが故の苦難ははかり知れない。


 このころ本当にお腹が空き過ぎて、生命の危機を感じた時にひらめいたのが、オートロックのないハイツやアパートや団地に忍び込むことだった。(中略)入れそうな建物が見つかったら、まず、一旦その建物の一番上までエレベーターで昇ってから、一階ずつ階段で降りて見て回る。そして、探すのだ。食料を。(61ページより)

 たとえば、出前の食べ残しを食べて生き延びたというこのエピソードはあまりに壮絶だ。それに、こののち打算や下心丸出しの大人たちがひしめく夜の街でしたたかに生きていく姿は立派であり、決して折れない強さも年齢以上のものだ。読みながら「もし同じ立場に立たされたとしたら、自分はここまでできただろうか」と何度か考えた。おそらく無理だろう。

 つまり特筆すべきは、著者の負けん気の強さ、怖いもの知らずの大胆さである。それらが著者の原動力になっていたのは明らかな事実であり、だからこそ当時の彼女は無意識のうちに、さまざまなチャンスを呼び込んでもいた。最たる例が、東京へ向かう新幹線のなかで、偶然隣り合わせたワコール創業者の塚本幸一と出会ったことだ。

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