最新記事

BOOKS

路上生活・借金・離婚・癌......ものを書くことが彼女を救った

2016年1月27日(水)16時54分
印南敦史(書評家、ライター)

「あの、変なこと聞くけど、いやらしい意味とちゃうねんで? いいかな」
「はい、何でしょうか」
「君は、ブラジャーはどこのものを着けてる?」
(中略)
「ええと、今日はワコール」
「ええー、ほんまかいな」
「......ほんまですよ。それが何ですか」
「いやあ、ほならちょっと背中触らせてくれる? ホックのとこ」
「ホック? いいですよ」
 その初老の男性は、ほんの一瞬セーターの上から背中のホックを撫でた。
「いやあ、ほんまやなあ」
 穏やかな顔つきの男性は、莞爾としてあたしを眺めた。(104~105ページより)

 かくして名刺を受け取った著者は、以後も塚本からかわいがられることになる。かといって助けを乞うでもなく、自分の力で銀座に働く店を見つけ、成功を勝ち取っていく。さらにモデル時代には荒木経惟に認められ(本書のカバー写真は荒木によるもの)、ホステスのころには、プロ野球選手として活躍していた清原和博と交際したりもしている。

 話のスケールの大きさには驚かされるが、それは、著者に人を惹きつけるなにかがあったことの証だということ。

 その点はまったく否定しないし、そこに本書の説得力があることも事実だ。だが同時に、その生きてきたプロセスにおいて何度も、自尊心の強さが裏目に出ている。こうして書く以上は、その点も指摘しなくてはフェアではないだろう。

 たとえば3度におよぶ結婚についても克明に描かれているのだが、どれだけ美辞麗句を並べたところで、少なくとも私には「同じ失敗を何度も繰り返している」ようにしか思えなかった。基本的に頭のいい人であることに間違いはないが、その人生においては何度も、自ら火のなかに飛び込んでいくような危うさを露呈しているのである。

 だから、「あたしにはこの離婚は自分だけでなく、自分の子供の幸せをも犠牲にしているのは解っていた」といいながら放浪生活をし、「一人で飲むのは寂しくてつまらないので」5歳の息子にも酒を飲ませたというような記述を目にしてしまうと、いまでは悔いていると書かれてはいても抵抗を禁じ得ない。

 そして、そこにこそ本書の問題があると私は思う。先に触れたとおりたいへんな半生を送ってきたことはたしかだろうし、真似ができない強さもある。しかしその一方で、絶対的な自己肯定意識、そして相反する自己憐憫が露骨に出すぎているから、なかなか共感しづらいのだ。「まぁ......たいへんだったろうけど......でも、誰でもみんなたいへんだよね」といいたくなるような感じである。

 しかし、そのぶん現在の著者が、とてもいい環境に落ち着くことができたらしいことはよくわかる。真言宗の寺に入り、そこで執筆を続けているのだという。


 二〇〇九年、春。
 偶然の出会いではなく、必然的に、あたしは岐阜のあるお寺に導かれた。そして、自分の人生を多くの人に知ってもらいたいという気持ちになった。(中略)
 一度死にたい。死のう。死んで、生き返りたい。
 そのためにも、あたしは自分の過去を書こうと決めた。いや、これ以上ここにいるためには、書かずにはおれなかったからだ。(270ページより)

 少女時代から街を放浪し、成功をつかみ、失敗し、結婚と離婚を繰り返し、酒に溺れ、自傷行為をし、癌を2度経験してきた著者を、ものを書くことが救ったのだという。果たして今後、どのような著作が出てくるのかは予測できないが、著者にとってそこに大きな意味があったことは事実だろう。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『不死身の花
 ――夜の街を生き抜いた元ストリート・チルドレンの私』
 生島マリカ 著
 新潮社

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ワールド

米英欧など18カ国、ハマスに人質解放要求

ビジネス

米新規失業保険申請5000件減の20.7万件 予想

ビジネス

ECB、インフレ抑制以外の目標設定を 仏大統領 責
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中