最新記事

BOOKS

不倫はインフルエンザのようなもの(だから防ぎようがない?)

2015年12月21日(月)15時25分
印南敦史(書評家、ライター)

 ところで少し前に、動画サイト「VICE」で「障がい者の性 - Medical Sex Worker」というコンテンツを見たことがある。手足の麻痺などのため自力で射精行為ができない男性に対し、ケアスタッフが介助を行う「射精の外部委託」に関するドキュメンタリーだ。サポートを受けた人の「障がい者も人間なんで」という言葉がこのサービスの価値を代弁しているし、意義のあることだと感じた。

 突然そんな話題を持ち出したのは、動画で取り上げられていた「ホワイトハンズ」というNPOの代表こそ、本書の著者だからだ。終章でそのことに触れているため気づいたのだが、ここでいきなり、介護を得ない限り欲求を満たすことができない人と、(理由はどうであれ)不倫をしている人たちを同列に扱うことには疑問を感じた。ホワイトハンズに関する記述はわずか8行にすぎないが、少しばかり違和感があったのだ。

 しかしどうあれ、本書の本質的な趣旨は、終章で取り上げられている「ハームリダクション」という概念に集約されていると言えるだろう。


 薬物政策の世界で「ハームリダクション(harm reduction)」と呼ばれている政策がある。これは、「有害使用の低減」という意味で、簡単に言えば、「薬物使用がこの社会からなくならないのであれば、撲滅だけに躍起になるのではなく、薬物使用に伴う現実的なリスクを下げることを目的とすべし」という政策だ。(中略)不倫に関しても、このハームリダクションの概念を応用して社会的な処方箋を出していくべきではないだろうか。不倫の当事者を非難したり、法律で罰したりするだけでは問題は何も解決しない。(248~249ページより)

 とはいえ、ハームリダクションも通用しない現状もあるようで、たとえばそのひとつが「貧困」にまつわる問題だ。一例として挙げられているのは、エイズが蔓延しても不倫を止めることのできない南アフリカ共和国の現状である。


 これほどまでにHIVが蔓延しているにもかかわらず、不倫や浮気によるパートナー以外とのセックスに乗り出す人が大勢いる。(中略)この背景には、短い平均寿命、苦しい生活、出口の見えない失業や貧困の中で、唯一気の休まる場所が「愛する人とのセックス」になっている、という現実がある。(中略)そういった環境に置かれている人たちに、いくら「貞操を守れ」と言っても通じない。(250ページより)

 これは、とても納得できる考え方ではないだろうか? 先に触れたとおり、部分的には共感できない箇所も少なからずあるものの、この部分こそが本書の核であるように感じた。

 しかし、もしもそうだとするならば、南アフリカよりも経済的に恵まれた環境にある我が国において同じようなことが行われている以上、この国にもまた、南アフリカにおける貧困やHIVとはまた異なる病理があるともいえるだろう。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『はじめての不倫学――「社会問題」として考える』
 坂爪真吾 著
 光文社新書

<この筆者の過去の人気記事>
被害者遺族を「カラオケに行こう」と誘う加害者の父
時間が足りない現代に、「映画・ドラマ見放題」メディアが登場する意味
日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米下院、エプスタイン文書公開巡り18日にも採決 可

ワールド

国連安保理、トランプ氏のガザ計画支持する米決議案を

ワールド

米大学の25年秋新規留学生数、17%減 ビザ不安広

ビジネス

ティール氏のヘッジファンド、保有エヌビディア株を全
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中