最新記事

キャリア

アップルの猛禽文化と競争原理主義

世界中から集まった頭脳が食うか食われるかの出世競争を繰り広げるシリコンバレー。そこで勝ち残り大きな報酬を手にするには何が必要か、アップル本社の元シニアマネジャーに聞く

2012年8月2日(木)16時28分

日本人は少ない カリフォルニア州クパティーノのアップル本社の入り口に立つ松井(2011年)

 金融危機後も世界最高の頭脳と野心と資金を引きつけ続ける米カリフォルニア州のシリコンバレー。その中からさらに選りすぐりの才能を社内に囲って競争させるのが、アップルやグーグル、フェイスブックといったIT企業躍進の原動力だ。

 スティーブ・ジョブズ復帰後の米アップル本社で2002年からの7年間、開発本部の品質保証部シニアマネージャーとして働いた体験を近著『僕がアップルで学んだこと』にまとめた松井博(46)は、超エリートたちが恥も外聞もなく出世競争に明け暮れるのを目の当たりにした。しかも、「共食い一歩手前」と松井が形容するこの競争は意図されたもので、アップルに限らず成功している米企業に共通する成長の方程式だという。

 シリコンバレーでも抜きんでる頭の良さどういうことか、なりふり構わぬ出世競争がなぜ好業績につながるのか、日本人が彼らと伍して戦うためにはどうしたらいいか、本誌の千葉香代子が話を聞いた。


──アップル本社には頭のいい人が多かったということだが、どういう頭のよさなのか。

 天才プログラマー以外で圧倒的に存在感があるのは、社内政治に長けたタイプ。頭の回転速くて口が上手く、交渉能力が極めて高い。僕は日本ではほとんど議論に負けたことがないのに、アップルではかなわない連中がごろごろいて驚いた。

──どんな議論?

 普通の建設的な議論にも長けているが、一番うまいのは、責任のなすりつけ合いや手柄の取り合い。いかに相手の裏をかくか。どうやって自分の手柄というストーリーにするか。相手をねじ伏せてそのグループの仕事を取っちゃうとか。そういう政治的な議論。

 僕は「猛禽類」と呼んでいるが、彼らは力も強いし飛ぶのも速い。アイビーリーグの大学院を抜群の成績で出てきて、出世に敏感。必要とあれば昨日の「友」もばっさり切って違う人と組む。

 表面は皆ナイスなので最初はそれがよくわからず、人類みな兄弟というアプローチでいたら、手柄は取られ放題、責任もなすりつけられ放題。社内政治は日本でもあったがアップルに比べたら子供の遊び。周囲の人々をみな自分の出世の道具に使うまでに洗練されている人たちに会ったのは初めてだった。

 人間の種類が違うから気をつけなくちゃ、ということには数カ月で気づいたが、対抗策となるとヒントを掴むだけでも1年半〜2年かかった。自分なりの立場を築けたと感じるまでにはさらに2年かかった。

──同じ社内でそんな足の引っ張り合いをするのは非生産的では。

 たぶん企業としてゴールがしっかりしているからぶれないのだと思う。アップルはコンシューマープロダクツに特化して、企業向けの製品はやらないというはっきりした方針があり、製品数も大幅に絞り込んでいた。行先がわかっているから、蹴落とし合いをしながらもあらぬ方向へ迷い込まずにすむ。

──なぜ仲良く目標達成を目指してはいけないのか。

 仲良しクラブって居心地はいいが競争がない。ぬるま湯だ。全員がドンマイ、ドンマイなんて言い合っていたら、失敗にもシビアに向き合わなくなる。

 何のために会社で働くのか、という意識が全然違う。アップルが悪人ぞろいというわけではなくて、会社を離れたらいい友達になれた人もいる。でもアップルという箱のなかにいる以上は戦わざるを得ない。共食い一歩手前の戦いだ。やり過ぎたら会社はダメになるが、アメリカで業績のいい会社は業種を問わず、ずっとそのようにやってきたのだと思う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日米関税交渉は「五里霧中」継続 7月9日は「一つの

ビジネス

英サービスインフレ根強い、労働市場鈍化は予想通り=

ワールド

イスラエル・イラン紛争が2週目に突入、米は2週間以

ワールド

パリ航空ショーで相次ぐ「ウィングマン型ドローン」展
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 6
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 7
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 8
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 9
    「まさかの敗北」ロシアの消耗とプーチンの誤算...プ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中