最新記事

インド

マルチ・スズキを襲った中流インド人労組

労組はマルチ・スズキの儲け過ぎを暴いたが、暴力に驚いた世界の企業は対インド投資を警戒し始めた

2012年7月24日(火)18時13分
ジェーソン・オーバードーフ

ハイリスク 労働者に焼き打ちされたマルチ・スズキの工場(7月19日) Ahmad Masood-Reuters

 日本の自動車メーカー、スズキの子会社マルチ・スズキの工場で先週、従業員による暴動が発生。インド人幹部1人が死亡し、日本人幹部を含む少なくとも40人以上が負傷した。インドで過激さを増している労使対立を象徴するような今回の事件は、対外的なインドのイメージを損ないかねない。政府は火消しに躍起になっている。

 地元紙ヒンドゥスタン・タイムズは「政治問題と無関係とはいえ、この事件は投資先としてのインドの評判を落とすものだ」という匿名の政府高官の発言を紹介。「政府は労働法や企業統治を含む様々な問題に取り組んでいく」

 インディアン・エクスプレス紙も、インドの労働問題は「国家的な課題だ」と指摘した。「インドでは強力な労働組合運動が発展してきたが、正規ビジネスの足を引っ張り、対インド投資を減らすような不当かつ暴力的な活動に対する法的な予防措置は不十分だ」

 同紙は近年勃発した類似の暴動5件を例に挙げ、「諸外国は予防措置が不十分な国に投資するのをためらうかもしれない」と警告。「事業者の安全を守る権利に比べて労働者の雇用を守る権利が極端に重視されている」として現行法の改正を呼び掛けている。

 一方、タイムズ・オブ・インディア紙は、先週のマルチ・スズキの暴動に過激組織「インド共産党毛沢東主義派」が関与している可能性を1面で報じた。マルチ・スズキのマネサール工場があるニューデリー郊外の一帯ではこの数年、労使対立によるトラブルが起きており、情報当局は左翼過激派の毛派が労働組合に食い込んでいた可能性を調べているという。

 もっとも、匿名の情報によって毛派との関係が指摘されるときは注意したほうがいい。暴動行為は非難に値するが、だからといって労働者の怒りを聞き流していいわけではない。

統計を熟知した労組に経営側がびっくり

   確かにマルチ・スズキの賃金は農業労働者のそれよりはマシだ。だが、工場での仕事が楽園のように楽しいものなら、日本人幹部社員が「危険地手当」を受け取っているのはどういうわけか。インドの生活費は日本より安いはずでは? 彼らがインド人労働者と同じように喜んで賃金カットを受け入れれば、従業員の賃金をもう少し引き上げられるのではないか。

 ブロガーのアマレシュ・ミシュラは、インド人労働者の賃上げ要求が不当でない根拠として、彼らが一定の社会階級の出身であることを挙げる。「70〜80年代の労働者は貧しい農夫や何の資産もない労働者階級が主流だった。一方、最近の労働者は中流からアッパーミドルクラスの農家出身者が多い」

 今年3月、マネサール工場で新たに結成された労働組合と会社側の賃金交渉が行われた際、労組側の2人が統計学に詳しいことに経営陣は衝撃を受けた。2人は、07年から11年にかけて同社従業員の年収が5.5%増だったのに対し、消費者物価指数は50%以上上昇したと指摘。しかも、同社の利益は01年以来、2200%伸びていた。

 なのに、マルチ・スズキの経営陣は労働者に微々たる賃金増しか認めなかった。どうみても会社の収益増を反映していない数字だ。
 
 同社社員の月収はわずか1万7000ルピー(約300ドル相当)。彼らは現地ホンダの賃金体系にならって、1万5000〜1万8000ルピーの賃金増を要求したが、会社側は抵抗した。

 このままでは、いくら暴動を鎮圧しても、本当の解決にはつながらない。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 5
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 6
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 7
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 8
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中