コラム

習近平の気候変動サミット参加がバイデンへの「屈服」である理由

2021年04月22日(木)11時52分

「台湾」で譲歩を引き出すための交渉術

中国側が取ったこの一連の行動のタイミングからすれば、その時の習主席が強く意識していたのはおそらく、4月16日に予定されている日米首脳会談だったのではないかと私は思う。

4月16日に行われた日米首脳会談の議題と共同文書の中身の一部は、4月初旬の早い段階ですでに米中両国の報道によって明らかにされていた。その中でも、首脳会談と共同声明が「台湾」に言及することが注目されていた。

もちろん中国政府がそれを知らないわけはない。しかし、「祖国統一」という大義名分の下、台湾併合を至上命題の一つとして取り込む習近平政権にとって、日米同盟が台湾防備を視野に入れるのはまさに悪夢で、何としても阻止しなければならない。中国側からすれば、バイデン政権下での初めて会う日米首脳が「台湾」を議題にすれば、まさに日米同盟が台湾防備に踏み出す第一歩となる。

この重大な意味を持つ日米の動きを阻止するために、中国の王毅外相は4月5日、日本の茂木敏充外相に1時間半の長電話をかけ、日本側を強く牽制した。その中では王外相は自ら台湾問題を持ち出して、「それは中国の内政問題だ」と強調した上で、「内政に干渉するな」「手を伸ばしすぎるな」と強い口調で日本に警告した。

日本に対してはこのように露骨な恫喝ができても、もう一方のアメリカに対してさすがに同じことはできない。バイデン政権に働きかけて「台湾言及」を断念させるのには、もっと手の込んだ交渉術が必要となってくる。おそらく、まさにそれがために習主席は、ケリー特使を上海に招き入れながら、独仏首脳と同じ気候変動問題を語り合うという大芝居を打ってみせたのであろう。「日本を糾合して台湾に触れるなら、気候変動問題でいっさい協力しない」というのが、習主席がバイデン大統領に送ったメッセージだったはずだ。

結果的に習主席の目論見は失敗に終わった。日米首脳会談とその後の共同文書は半世紀ぶりに「台湾」に言及し、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を明記した。日米同盟は中国による台湾の武力併合を許さないという姿勢を鮮明にしたのである。

意外過ぎる中国の弱々しい反応

しかし意外なことに、「虎の尾」を思い切って踏んだはずの日米両国のこの歴史的動きに対し、中国側の示した反応は実に控えめで弱々しいものだった。本稿を書いている4月22日現在、中国政府はさまざまな場面で、日米の「台湾」言及に予想の範囲内の反発と批判を行なっているものの、これといった激しい反応は示さず、対抗措置を取るにも至っていない。

それどころか、中国外務省の楽玉成副大臣は4月16日、AP通信のインタビュー取材で「米中は敵ではない。米中は手を携えて互いに協力すべきだ」と語り、バイデン政権に関係改善の秋波さえ送っているのである。

そして台湾に対しても、日米首脳会談直前の4月12日には史上最多の中国軍機が台湾の防空識別圏に侵入したが、日米首脳会談の後はこのような動きがぴたりと止まっている。少なくとも4月22日の段階で、中国はかなりおとなしくなっているように見える。

その理由はどこにあるのか。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 7
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story