コラム

習近平vs李克強の権力闘争が始まった

2020年08月31日(月)07時00分

「反撃への反撃」の舞台は洪水被災地

その舞台となったのは洪水の起きた南部地域である。今年の7月中旬ごろから、長江流域で大雨による洪水が発生し、湖北省・安徽省・江西省では大変な被害になった。

胡錦濤時代までの中国共産党政権の伝統では、大水害などの自然災害が発生すると、国家主席あるいは首相などの中央指導者は必ず災害現場を視察し、陣頭指揮を執った。しかし習政権になると、どういうわけかこの伝統が完全に廃れ、災害があっても習以下の指導者はなかなか現場へ行かない。視察に行っても災害がすでに収束した後である。

今回も習がやっと安徽省の水害地域に入ったのは8月18日のことである。しかしそこでの被害は2週間前にとっくに治まっていた。実際、翌日から新華社通信の公式サイトに掲載された習近平の「水害視察写真」を見ていると。肝心の川はかなり静かになり水害の痕跡はほとんど見られない。習の視察は緊迫した災害視察というより、余裕綽々の物見遊山風情なのである。

しかしまさにその時、中国では別の地方で大変な水害が起きていた。直轄市の重慶である。主に三峡ダムの大量放流が原因だが、8月18日からの数日間、大都会の重慶は物流が止まるほどの水害に見舞われた。

そして、水害が既に終わった後の安徽省を視察した習近平とは違って、李克強は8月20日、水害の最中の重慶へ飛び、電撃視察を行った。視察において彼は、水害の現場を実際に歩き回った。翌21日、李克強がトップである国務院管轄下の中国政府公式サイトに、重慶の被災地の現場で彼が長靴を履き、泥水の中を歩く写真数点が掲載された。

長靴で泥水を歩く李克強の写真は、報道されるや否やネットで急速に拡散され大きな反響を呼んだ。多くの中国人民は「しかるべき指導者」の姿を久しぶりに見たのと同時に、数日前に見た別の指導者の写真をも思い出した。そう、水害の痕跡のないところで綺麗な革靴を履いて悠然と「物見遊山視察」を行う習近平の姿である。

この2人の写真を脳裏に並べて再現した時、多くの国民の中で「間が抜けて無責任な指導者・習近平」と「危険を省みず泥水の中を歩く頼もしい指導者・李克強」との対比的イメージが一瞬にして出来上がるに違いない。そしてそれこそが、災害のさなかの重慶を視察し、わざと泥水の中を歩いた李の狙いではないのか。

「首相の視察」を無視した中央メディア

習近平の「物見遊山視察」の2日後に、李克強が水害被災地の重慶へ飛んで行って視察したのはむしろ周到な計算にも続く政治行動と見るべきであろう。李克強は当然、習近平が18日に安徽省に行ったことを知っていた。習近平の視察写真が国民の間で大変不評であることも知っていたはずだ。

もし事実がそうなら、これはまた李克強が習近平に対して仕掛けた奇襲作戦の1つである。そして李のこの作戦はどうやら成功したようだ。その証拠がある。彼の視察があった8月20日から23日の晩まで新華社通信・人民日報・CCTVの三大中央メディアは李の重慶視察を完全に黙殺し、一切報道しなかったのだ。

共産党ナンバー2である首相の地方視察を、党中央メデイアが完全黙殺するのはまさに異例中の異例である。それは宣伝機関を握っている習近平サイドが、李の重慶視察を国民に知らせることを恐れているからであろう。そしてこのことは逆に、李の重慶視察が習にとって大変破壊力のある行動だったことを証明している。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ブリヂストン、今期純利益見通しは3.9%増の340

ビジネス

午後3時のドルは153円前半へ上昇、高市政権の姿勢

ビジネス

米アルファベット社債、投資家保護条項欠如に懸念の声

ワールド

米銀行規制当局、大手行向け新「バーゼル」規制案に前
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 2
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 3
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したスーツドレスの「開放的すぎる」着こなしとは?
  • 4
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 5
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 8
    それで街を歩いて大丈夫? 米モデル、「目のやり場に…
  • 9
    世界市場3.8兆円、日本アニメは転換点へ――成長を支え…
  • 10
    フロリダのディズニーを敬遠する動きが拡大、なぜ? …
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 6
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 7
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 8
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 9
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 10
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story