コラム

新型コロナで窮地の習近平を救った「怪我の功名」

2020年05月22日(金)16時59分

正当化された一党独裁の挙国体制

欧米諸国における新型肺炎の感染拡大は、習近平という指導者個人を助けただけではない。それは、中国共産党による一党独裁の正当化にも大いなる助けになった。

前述のように、コロナウイルスが地球上で猛威を振るった中で、特に目立ったのは西側民主主義先進国における惨状である。先進7カ国の中でもイタリア、イギリス、アメリカの感染状況が特にひどい。そして、こうした国内の状況は往々にしてメディアによって誇張的に報道される。

もちろん中国国内の宣伝機関がこういった「奇貨」を見逃すことはしない。3月下旬から現在に至るまで、中国のテレビや新聞などはほとんど毎日のように、アメリカなどのメディア流す映像や関連記事を垂れ流し、西側諸国が大変な状況に陥っていることを中国国民に強く印象付けた。こうした情報操作の結果、国民は「西側諸国よりもわが国政府の方がよくやっているのではないか」との認識を持ち、西側に対する一種の優越感さえ覚えるようになった。

人民日報や新華社通信などは先頭に立って中国国民を相手に次のように訴えるのである。

<ほら、自由や人権を標榜する西側「民主主義国家」は、感染の拡大を防ぐこともできずにして死亡者数ばかりを増やしている。これらの国々における感染拡大と死亡者数の増加は、個人の自由を重んじるばかりに全体の利益を無視する資本主義・民主主義の弱点のもたらした悪果ではないのか。

それに対して、わが共産党指導下の中国は、まさに党による強い指導体制があるからこそ、挙国一致体制を作り上げて感染拡大を食い止めたのではないか。国民の命をきちんと守ったのではないか。われわれの社会主義体制こそ制度的な優越性を持っているのではないか>――と。

こうした宣伝工作の結果、今の中国国内では一党独裁体制に対する懐疑や批判よりも、重大な危機に際しての共産党指導体制への賛美と信頼が一部エリート階層や多くの一般国民の間のコンセンサスとなった感がある。政権側の唱える「制度的優越性」はある程度の説得力を持って国内一部の共通認識となっている。

中国の民主化を望む私のような立場の者からすれば、苦笑するしかない成り行きだが、よく考えてみればこうなったことはまさに習近平と共産党政権にとっての怪我の功名である。

本来、新型肺炎感染の初期段階で習近平政権が行なった情報隠蔽こそが中国国内と世界中の感染拡大を作り出した最大の要因であって、習と中国共産党こそが災いをもたらしたA級戦犯だろう。しかし、中国国内の感染拡大がある程度収まった中でコロナが世界中に拡散し、西側諸国を苦しめたことは逆に、習近平自身の権威回復と共産党の体制強化に繋がった。まさに歴史の皮肉というしかない。習近平と共産党は強い悪運の持ち主だ。

それでは今後、習近平政権と中国はどうなっていくのだろうか。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中ロ、一方的制裁への共同対応表明 習主席がロ首相と

ワールド

ドイツ、2026年のウクライナ支援を30億ユーロ増

ワールド

AI端半導体「ブラックウェル」対中販売、技術進化な

ワールド

チェイニー元米副大統領が死去、84歳 イラク侵攻主
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 10
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story