コラム

中国経済のV字回復が疑わしいこれだけの理由

2020年04月21日(火)18時47分

「食べていけるかどうか」の問題に

中国国民が素直に消費拡大に走らないもう一つの深刻な理由は、一般家庭の多額な負債問題である。

中国人民銀行が2019年11月に発表した『中国金融安定報告2019』によると、2019年10月の時点で全国の「住戸債務(家庭債務)残高」は47兆9000億元に上っている。2019年の中国のGDPは100兆元あまりだから、全国の家庭負債の総額が国内総生産の半分近くに相当するのである。

この報告ではさらに、年収6万元(約91万円)以下の家庭の収入に対する負債の比率が289.5%もあることが判明している。年収6万元の家庭は中国全家庭の大半を占める。

低所得層だけではない。中国の中所得層・高所得層の家庭も高額の負債を抱えているが、最大の理由はこの十数年来の不動産バブルにある。不動産価格が急騰する中、多くの家庭は銀行で高いローンを組んで高額な不動産を買ってきた。前述の『中国金融安定報告2019』でも、中国の一般家庭の資産の7割が不動産となっていることが記されている。

資産の大半を不動産として持ち、その不動産購入のために銀行から多額な借金をして毎月のローン支払いに追われる生活は、仕事と収入がある程度保障されている状況下では何とかやっていける。だがいったん失業と賃下げが当然となる危機的な状況となると、彼ら中所得者層の多くが毎月のローンを払えるかどうかの深刻な問題に直面し、もはや消費するところではない。今の彼らにとって「報復性消費」とはただの戯れ言なのである。

こうして見ると、「ポスト新型肺炎」おける国内消費の本格的な回復はかなり困難であることが分かる。少なくとも年内は、「消費の主力軍」とされる中所得層の人々は財布のひもを固くにぎって様子を見ることとなろう。それどころか、失業や高額な負債の圧迫によって破産してしまう家庭や個人が続出する状況さえ避けられない。

そして、個人消費のさらなる低迷は当然、企業の業績をより一層悪化させてさらなる企業の倒産・失業拡大を招く。もちろん、倒産と失業の拡大は人々の消費能力と意欲をより一層削ぐことになるから、中国経済はこれでアリ地獄のような悪循環に陥るしかない。その中で、欧米や日本の混乱が長く続き、各国の「脱中国」が本格的な流れとなれば、中国企業にとっての外需はどんどん減っていく。そしてそれはまた、中国経済の沈没に拍車をかけることとなろう。

4月17日に開かれた共産党政治局会議は、今後の経済運営に関して「食糧とエネルギーの安全を守ること」「基本的な民生(国民生活)を守ること」を重要任務として掲げた。中国的に言えば、その意味するところは今後下手すると「基本的な国民生活」の維持すら覚束ないのである。

食糧問題についていずれか改めて論じたいが、とにかくこれからの中国はもはや経済成長どころではない。食べていけるかどうかが問題となるのである。

20200428issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年4月28日号(4月21日発売)は「日本に迫る医療崩壊」特集。コロナ禍の欧州で起きた医療システムの崩壊を、感染者数の急増する日本が避ける方法は? ほか「ポスト・コロナの世界経済はこうなる」など新型コロナ関連記事も多数掲載。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国軍が台湾周辺で実弾射撃訓練、封鎖想定 過去最大

ビジネス

中国、来年の消費財下取りに89億ドル割り当て スマ

ワールド

カンボジアとの停戦維持、合意違反でタイは兵士解放を

ワールド

韓国大統領、1月4ー7日に訪中 習主席とサプライチ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story