コラム

米中貿易「第1段階合意」を中国はマジメに履行しない

2020年01月20日(月)11時23分

劉鶴副首相(左)は微妙な表情でトランプ大統領と握手(1月15日、ワシントン) Kevin Lamarque-REUTERS

<米中両国が先週、貿易問題の「第1段階合意」文書に署名したことは世界を安堵させた。しかし習近平政権はこの合意を「ほどほど」にしか履行しないだろう>

米中両国政府は今月15日、貿易問題に関する「第1段階合意」の文書に署名した。この第1段階の合意には、(1)知財保護(2)技術移転の強要禁止(3)農産品の非関税障壁の削減(4)金融サービス市場の開放(5)通貨安誘導の抑止(6)輸入拡大(7)履行状況の検証――といった7項目が盛り込まれている。だが、先月16日に本サイト掲載の拙稿がすでに指摘しているように、それらは全て中国側が履行義務を一方的に負う性格の合意内容である。

【参考記事】米中貿易「第1段階合意」が中国の完敗である理由

例えば(1)知財保護は当然、中国側がアメリカの要求に応じて知的財産権に対する保護を約束したことであり、(2)技術移転の強要禁止はすなわち、中国側がアメリカの要求に応じて、今までの悪しき慣行である外国企業に対する技術移転の強要を止めていくことである。(4)金融サービス市場も当然、中国が外国の金融機構に対して国内市場を開放することを意味している。そして(6)輸入拡大で中国は今後2年間に2000億ドル分のアメリカ製品を追加で購入することを約束させられた。

アメリカの一方的勝利である根拠

筆者が中国商務省の公式サイトで公表されている合意文書の中国語版を確認したところ、文中で「中国側が〇〇すべき」と規定された箇所は82にも上ったのに対し、「アメリカ側が〇〇すべき」というのはわずか4カ所しかない。合意事項のほとんどは中国側が履行義務を背負うものであることがよく分かろう。

一方のアメリカ側が合意の達成において「すべき」ことの内容は、去年の9月から1100億ドル分の中国製品に課している15%の制裁関税を半分の7.5%に減らす、というだけである。それ以外の2500億ドル分の中国製品に課している25%制裁関税はそのまま据え置きにされる。

結局アメリカ側は、中国に対する制裁関税の大半をそのまま維持しながら、中国側からは2000億ドル分の米国製品の購入や知的財産権への保護や金融サービス市場の開放などの約束を取り付けることに成功した。どう考えてもアメリカの一方的勝利である。

中国側が手に入れた最大の成果は、合意によってアメリカが中国製品に対して新たな制裁関税を発動する可能性は当分の間なくなるので、貿易戦争のさらなる拡大は避けられる、というところにある。とはいっても勝者はやはりアメリカである。第1段階合意はアメリカとトランプ大統領にとっての勝利であるからこそ、大統領はホワイトハウスに米政界・財界の要人たちを200人も招待して盛大な署名式を行い、得意満面の風情で自ら文書に署名した。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECBの金融政策修正に慎重姿勢、スロバキア中銀総裁

ビジネス

キンバリークラーク、「タイレノール」メーカーを40

ビジネス

米テスラの欧州販売台数、10月に急減 北欧・スペイ

ビジネス

米国のインフレ高止まり、追加利下げ急がず=シカゴ連
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story