コラム

中国・蘇州で起きた日本人母子襲撃事件は本当に偶発か?

2024年07月07日(日)00時26分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国

©2024 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国人女性が江蘇省蘇州市でスクールバスを待っていた日本人の母子を、刃物を持った中国人男性の襲撃から守って命を失った。中国政府が説明するように偶発的事件でも、そうでなくても事態は深刻だ>

54歳の中国人女性・胡友平(フー・ヨウピン)は、江蘇省蘇州市で日本人学校のスクールバスを待っていた日本人の母子を、刃物を持った中国人男性の襲撃から守って命を失った。 

胡に対して、日中両国のネットユーザーらから悼む声がやまない。一方で、中国政府の反応はいつもどおり。何らかの不都合な事件が起きたときには、まず隠そうとする。SNSにアップされた日本の記事もすぐ削除された。

しかし、ネットの悼む声があまりにも大きく、これ以上無視できないと判断した中国政府はようやく胡の名前を公表し、「最も安全な中国での偶発事件」で、胡の行動は「中国人民の善良と勇気」を証明した、と話した。

もし胡の行動で「中国人民の善良と勇気」を証明できるなら、刃物を持って日本人親子を襲撃した中国人男性は、「中国人民の邪悪と暴力」を証明しているだろう。中国政府は今でも犯行者の名前や、日本人親子を襲った動機の説明をしない。

本当に偶発事件だとしても、恐ろしい。中国政府は自国を「最も安全な国」と言うが、実際には報道されない(させない)たくさんの殺傷事件が各地で起きている。今回の事件は、外国人が被害者なので隠しようがなかったにすぎない。日本人学校への愛国的な襲撃なら、もっと深刻だ。

なぜ中国に日本人学校があるか、ほとんどの中国人は分かっていない。「日本政府の巨大な陰謀」「スパイを育成する学校で、将来的な中国侵略の準備だ」など、臆測や捏造、デマが中国のSNS上に横行している。その明らかなヘイトスピーチを、中国政府は放置している。中国のSNSを検索すると、「抗日鋤奸隊(反日粛清団)」など過激な民族主義団体がたくさん出てくる。

6月10日には、中国の吉林省の公園で中国側が招聘したアメリカ人の大学講師4人が中国人に刃物で襲われる事件も発生した。連続的に外国人を襲撃する事件は、かつて清朝末期に起きた「義和団の乱」を想起させる。中国史上におけるこの有名な排外運動は、最終的に清政府の滅亡につながった。

過激な民族主義は、どんな政権にとっても、「石を持ち上げて自分の足を打つ」結果をもたらすだけだろう。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ

ワールド

フィリピン、大型台風26号接近で10万人避難 30
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story