コラム

中国が国を挙げて撲滅に取り組む「黒悪勢力」って一体誰のこと?

2019年04月25日(木)16時10分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

Public Enemies? / (c) 2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<「黒社会の組織」を意味する「黒悪勢力」の撲滅運動が展開される中国――しかしその対象にはなぜか一人っ子政策で1人しかいない我が子を失った「失独家庭」が含まれていた>

「堅持打早打小、将黒悪勢力消滅在萌芽状态(早く小さいうちにやっつけよう、黒悪勢力の芽生えを消滅させよう)」。先日、中国貴州省の省都・貴陽市のある保育園の正門前に掲げられたスローガンの写真が中国SNS上で話題になった。保育園に通う子供たちが「黒悪勢力」? 写真を見た人々は誰もが奇妙に感じた。

いま中国は「黒悪勢力」撲滅運動の真っ最中だ。今年1月に習近平(シー・チンピン)国家主席が中央政法工作会議で指摘。その後、街のあちこちに「黒悪勢力を消滅させよう」というスローガンが一気に出現した。保育園も例外ではない。

そもそも黒悪勢力って一体何だろう? 「黒社会(暴力団)の性質を持つ組織」という定義は一応あるが、地方官僚たちの理解はバラバラ。驚いたことに、湖南省や山西省などは「失独家庭」も黒悪勢力と見なして取り締まるつもりだ。

失独家庭とは、一人っ子政策で生まれたたった1人のわが子を亡くした親たちを指す。現在、中国の一人っ子家庭は2億世帯以上。失独家庭の数は政府からはっきり公表されてはいないが、たとえ1%だったとしても、200万世帯以上になる。

一人っ子政策が始まった時代、政府は「一人っ子政策を守ろう、政府は老後の面倒を見る」と約束した。一人っ子政策をきちんと守った親たちは、今は60~70歳。1人しかいないわが子が病気や事故で亡くなった老親の面倒を政府は見るのか。老親たちが老後を心配して政府に抗議するのは当たり前だが、彼らが「暴れる」と社会的な影響はもちろん自分たちの地位や官職も危なくなる......これが地方官僚を心配させた。

この問題を伝える記事にみんな啞然とした。弱い立場の失独家庭がなぜ黒悪勢力に? 黒悪勢力って一体何だ? 個人の正しい権利を求めるため、政府に抗議する人々は黒悪勢力なのか? 地方政府は慌てて取り締まり指示を撤回した。

中央集権体制の中国は、いつも民意より「聖意」。出世するため、上司の機嫌を取らなければならない。実績をアピールするため、ある地方政府は黒悪勢力の撲滅目標を定めた。

今後、この人治社会の国でどれほど「黒悪勢力」に無実の罪が着せられるか、とても心配だ。

【ポイント】
严厉打击黑恶势力

黒悪勢力を厳しく取り締まろう

中央政法工作会議
毎年1月に過去1年間の中国国内の司法・治安行政を振り返りつつ、次の1年の重点政策を話し合う重要会議。主催する共産党中央政法委員会は全国の治安・司法機関を指導。トップの書記は司法大臣や最高人民法院院長を束ねる強い権力を持つ

<本誌2019年4月30日&5月7日号掲載>

201904300507cover-200.jpg

※4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が尊敬する日本人100人」特集。お笑い芸人からノーベル賞学者まで、誰もが知るスターから知られざる「その道の達人」まで――。文化と言葉の壁を越えて輝く天才・異才・奇才100人を取り上げる特集を、10年ぶりに組みました。渡辺直美、梅原大吾、伊藤比呂美、川島良彰、若宮正子、イチロー、蒼井そら、石上純也、野沢雅子、藤田嗣治......。いま注目すべき100人を選んでいます。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送米国株式市場=反落、ダウ784ドル安 中東緊迫

ワールド

原油先物が大幅高、中東緊迫化で米WTI8%超上昇

ワールド

EXCLUSIVE-トランプ氏、ガソリン価格上昇を

ワールド

イスラエル、ハメネイ師殺害を昨年11月に決定 デモ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    「え、履いてない?」モルディブ行きの飛行機で撮影された、パイロットの「まさかの姿」にSNS爆笑
  • 3
    「ハリポタ俳優で終わりたくない」...ハリー・メリングが新作『ピリオン』で見せた「別人級」の変身
  • 4
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 5
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場…
  • 6
    対イラン攻撃に巻き込まれ、湾岸諸国が存立危機
  • 7
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「旅客数が多い空港」ランキン…
  • 9
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 10
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story