コラム

サウジのイエメン封鎖が招く人道危機

2017年11月14日(火)15時45分

首都サナアで海上封鎖に対して反発するフーシー(新政権)派の人々 Khaled Abdullah-REUTERS

<国外からの支援物資に人口の7割が依存する内戦下のイエメンで、サウジアラビア主導の連合軍が海路・空路封鎖を実施。現地の人道支援団体の担当者は悲鳴を上げている>

160億ドルもの資産を持つと言われる大富豪の王子らを「汚職」容疑で逮捕したり、訪問中のレバノンの首相を辞任させ軟禁状態においたりと、なにかとショッキングな事件が続くサウディアラビアだが、先週6日、サウディがイエメンに対して海上・空路封鎖を行ったことは、深刻な人道的被害をもたらすものとして強く危惧されている。

2015年に始まったイエメン内戦は、フーシー派と呼ばれる人々が政権を奪取し、それまでサウディら周辺国が支持するハーディ大統領が辞任に追い込まれた、その新政権派(フーシー)と旧政権派(ハーディ)の間で戦われている内戦である。だが実態は、内戦というより域内戦争だといえよう。なぜならば、フーシー派の政権奪取後、すぐにサウディを中心とした連合軍が新政権派に対して軍事攻撃を開始、以降激しい空爆を繰り返しているからだ。

その一方でイランは、イスラーム革命防衛隊を主軸にフーシー政権派を支援しており、域内の二大国間の代理戦争状態ともいえる。今回のサウディによる空・海の封鎖は、フーシー派がリヤドに向けて発射したミサイルが、イランから供給されたものだということへの報復として、実施された。

これに悲鳴を上げたのが、国連機関をはじめとする世界中の人道支援機関だ。イエメンでは内戦発生以来極端に生活環境が悪化しており、2700万人強の人口のうち700万が飢餓状態、290万人が国内避難民となり、90万人がコレラなど疫病に罹患するなど、人道的に深刻な状態にある。この状況をわずかでも食い止めているのがWFP(世界食糧計画)、WHO(世界保健機構)、ユニセフなどの国連機関だ。

イエメンの人口の7割以上が、外部からの人道支援にすがらなければならない状態にあると言われている。だが、実際に援助物資が行きわたっているのは人口の3分の1にとどまり、残りの人々はハイパーインフレで価格が吊り上がった物資を買って賄うしかない。その人口の3分の1の分も、封鎖が6週間続けば、食糧は底をつく。ポリオワクチンも、1カ月しかもたない。なんとか封鎖を解いてくれ、と計23の国連、NGO機関が共同声明を出した。

イエメンに対しては、サナアやアデンなどの空港へ空路運び込むルートもあるが、最も重要なのは海路だ。国連では、WFPが中心となって支援物資の輸送や人道支援を行う「物資輸送」(ロジスティクス)活動があるが、国連諸機関だけではない、オックスファムやセイブ・ザ・チルドレンといった欧米の大手NGOも物資輸送に加わっている。

イエメンへの救援物資は、ジブチ(自衛隊が海外活動の基地を置いているアフリカの小国)からアデンやホデイダなどの港に大型船で運び込まれるが、「物資輸送」の公式サイトによると、その他の沿岸部には小さなダウ船(木造の帆船)でチマチマと運び込むしかないらしい。

いかに物資を船に乗せて、いかに無事現地に届けるかは、国連の「船積み担当」職員が仕切っていて、彼女やWFPLogisticsのツィッターアカウントを見ると、正直、「国連とはこういうことをする職場なのか」と、衝撃を受ける。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story