コラム

高市早苗新首相と田原総一朗氏との浅からぬ因縁

2025年10月29日(水)15時30分

その一方で、87年に始まった「朝生」司会者としての田原氏と、89年前後にその「朝生」に出演したことから知名度を獲得して政治家のキャリアをスタートさせた高市氏の歩みは、かなりの部分で重なっているとも思います。田原氏がもう少し若く、また良い仲介役がいたら、安倍政権当時と同じように、田原氏が高市氏にアドバイスをして、高市氏がそれを参考にするようなことも起きたかもしれません。

私個人のことを申し上げると、「朝生」には5回ほど参加する機会がありました。例えば「オバマ当選」であるとか「シリア日本人人質事件」の際には、当時のアメリカの状況をお話したのですが、私の発言が視聴者に届くように巧妙に交通整理をしてくださった、田原氏の際立った手腕に感銘を受けたのを覚えています。その他にも、「核兵器」「教育問題」「慰安婦問題」などの回でも、田原氏ならではの交通整理に助けられた経験は忘れられません。


私などは「朝生」の出演者としては全くのマイナーな存在ですが、それはともかく、過去半世紀にわたって田原総一朗氏が日本の言論界や政界において果たした役割は、決して小さくないと思います。毀誉褒貶はかなり派手にありますが、それもその存在感のためでした。

その田原氏ですが、今回の騒動はもしかしたら「終わりの始まり」ということになるかもしれません。といいますか、そんな雰囲気が濃厚です。けれども、田原氏ほどの存在を、このまま失言騒動の悪者として過去形にしてしまうのは、あまりにも不公平です。また、高市首相の場合は、キャリアの最初の部分からの縁と言いますか、深い因縁が田原氏との間にはあるわけです。その高市氏を巡る発言の中で、田原氏が行き詰まってしまったという現状を、そのままにして良いとも思いません。

支持率70%はアメリカで言えば「レーガン級」

ここは、まず高市氏自身が田原氏の失言を「首相として堂々と許す」のが良いと思います。「立場は違うが、世話になった人。発言もいかにも彼らしい激しさと熱意の表れで、自分は同意しないが忘れられない人」というような言い方で、田原氏の名誉を称えてはどうでしょうか。

これに対しては「いやいや、師匠の安倍氏同様に、敵味方は厳しく区分けしないと、支持者がついて来ない」という声も出てきそうです。しかし、今の高市氏の場合は各調査で平均70%の支持率を獲得しています。この場所というのは、中道左派まで巻き込んだ支持があるということですから、アメリカで言えばレーガン級ということになります。

つまり、保守派として敵を叩いて目立たないと生き延びられなかった大衆政治家という次元は遥かに超えてしまっています。それならば、まずは「あのぐらいの悪口は、昔は何度もお互いにやり合ったし、私は何とも思っていない」などと田原氏を許し、むしろ過去の縁に関して礼を述べ、その歩みを称えるというのは、どうでしょう。あるいは、首相として田原氏に特別な顕彰をしてもいいと思います。

支持率70%という近年での政界では誰も立つことのできなかった特別な場所から、国と社会を見渡す、その上で見えてくるものに従って政治をする、その第一歩になるかもしれません。名宰相への道を目指すのなら、なかなか悪くない行動になると思うのですが、いかがでしょう。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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