コラム

クールジャパン戦略は破綻したのか

2025年09月24日(水)15時15分

日本各地の観光スポットは外国人観光客で溢れかえっている(写真は昨年7月の富士山の山開き) Issei Kato/REUTERS

<日本の消費文化が高騰して日本人が事実上、排除されるようなら、それは国策として破綻している>

NHKのBSで放映している「COOL JAPAN」という番組に参加していたことがありました。時期的には、国際社会における日本文化への関心が拡大を始めた時代です。日本文化への評価を高めることができれば、日本製品の輸出に貢献するし、何よりも長い経済の低迷に苦しんでいた日本人のプライドを再建することになる、背景にはそうした思いがありました。

この番組だけでなく、やがて「クールジャパン」というのは官民を巻き込んだ動きとなり、それがコンテンツ輸出から観光立国という考え方へと発展していったのです。こうした「クールジャパン」の運動は、2000~2010年代には経済効果を拡大し、日本の誇りを取り戻すということで一定程度の効果はあったと思います。


ですが、ここへ来てこの考え方は行き詰まってしまったのを感じます。戦略が行き詰まるだけでなく、弊害が出てきたと言わざるを得ません。この点については、自分自身も責任の一端を感じています。

弊害といえば、外国人観光客の増加による「オーバーツーリズム」の問題があります。ですが、これは日本のルールや価値観のPR不足、説明不足から来るものがほとんどです。駐車場や手荷物配送システム、あるいは公共のゴミ箱などインフラ整備で改善する部分も多いです。問題が発生したら一つ一つ解決していけばいいのであって、いきなり排外主義に振って政治課題にするのは適切とは思えません。

観光というのは、あくまで余暇の過ごし方の一つであり、また目的地のライバルは世界中に存在します。仮に、日本で排外的な感情が拡大しているということが拡散すれば、これまで積み重ねてきた経済効果は簡単に吹き飛び、国内経済に大きなダメージを与える可能性があります。日本を好んで目的地に選び、滞在を楽しんでいる観光客を敵に回す必要は全くなく、丁寧に、また迅速に問題に対応していくのが正しいと思います。

日本産米で日本が「買い負ける」

その一方で、本質的な問題が起きているのを感じます。それは日本文化の消費において、他でもない日本の消費者が「買い負ける」という問題です。これは日本の経済社会としては許容できない問題であり、この点においてクールジャパン戦略なるものは、破綻していると言うしかありません。

例えば、外国人観光客の殺到により日本旅館が人気になり、価格が高騰しています。少し前までは、1泊2食2名で4万円程度というのが高級旅館の相場でしたが、現在は12万とか15万、つまり3倍以上になっています。食事も同様で、1000円程度だった観光地の海鮮丼が3000円とか4000円となっています。これでは、結果的に日本の消費者が排除されていると言っても過言ではありません。

最大の問題はコメです。外国人観光客が来日して消費するコメの量はたかが知れています。ですが、一旦その味を覚えた人は、帰国後も日本産のブランド米を欲しがるようになります。一時期、中国からの観光客が大挙して日本の炊飯器をお土産に「爆買い」していましたが、その炊飯器とともに日本米の旨さが急速に普及しました。

その結果として、日本のブランド米の一部はまとめて海外に流れています。日本では「令和の米騒動」といって品薄と価格高騰が問題になって以降も、例えばアメリカのアジア系スーパーでは「JAフェア」などと銘打って、継続的に大量の日本産米が販売されています。一方で、日本国内では価格を抑えるために海外の「中粒米(やや食味の劣る種)」が輸入されて、外食や家庭用にもブレンドされている状態です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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