コラム

日本の核武装コストは、どのように計算すれば良いのか

2025年08月20日(水)14時40分

現在の日本は、化石燃料に大きく依存する中で、何とか世論を説得して原発の再稼働や更新を行って温暖化対策を進めることが必要です。そして、平和利用ということでは日本は依然として原子力に関する技術力があります。また、MOX燃料(ウラン・プルトニウム混合酸化物)を利用する目的で、使用済み核燃料から生成したプルトニウムを大量に保有しています。そのような原子力の平和利用は、軍事転用しないという大前提で、アメリカやフランスなどの主要な核利用国との協定を結んで進めています。

仮にその日本が核の軍事利用を宣言するとなると、話は全く別になります。フランスやアメリカ、イギリスなどの協力は得られないでしょうし、国際社会からはプルトニウムの保有を禁じられると思います。少なくとも、これまでのようなコストで、各国の協力を得ながら原子力の平和利用を進めることは不可能になるでしょう。


最後に、大きなコストとしては日本の核武装を強く阻止に来る勢力の可能性があります。日本側の論理としては、アメリカの核の傘では不安だ、なぜなら第一撃を日本が受けた場合に、アメリカが自国への報復を覚悟して、核による反撃をしてくれる可能性は100%ではないという考え方があると思います。

そうなると、そもそもの抑止力が100%でないので、独自の核武装はそこを補うものに過ぎない、そのような理解が前提で核武装することになります。また、仮にアメリカが更に「アメリカ・ファースト」を推し進めて核の傘の提供を引っ込めるのであれば、従来はアメリカの核の傘に頼っていた抑止力を独自核武装に置き換えるだけという理解になります。

周辺国に激しい危機感と憎悪を喚起する

ですが、抑止力の対象となる国は、そのように理解はしてくれません。日本の核武装は、日本軍国主義が復活して自分たちに核の脅威を向けてきた、という激しい危機感と憎悪を喚起することになる可能性があります。単に世論を誘導するプロパガンダとして政府が煽る、それもコントロール可能な範囲で煽るという筋書きにはなりそうもありません。反対に、そのような「日本軍国主義の核の脅威」は、即座に除去しないと政府が倒れるというような政治的なエネルギーが膨張する、そのようなシナリオを想定する必要があります。

その場合は、イスラエルがイランに対して行ったように、「いきなりズドン」とはならないにしても、周辺国・関係国を巻き込んで日本に核放棄を迫ってくると思います。もう一度申し上げますが、日本の核武装論者は、アメリカの抑止力が100%でない部分を補うか、アメリカの抑止力を置き換えるのが目的で、抑止力に変わりはないし、攻撃意図はゼロだと考えていると思います。そうであっても、対象国から見れば復活した日本軍国主義が核武装するというように「見えてしまう」のであり、これは各国の防衛本能をストレートに刺激してしまうのです。日本としては極めて不本意な展開ですが、外交的には厳しい立場に追い込まれると思います。

というわけで、核武装を宣言することは直接の開発費、維持費、輸送体制の維持費に加えて、NPT体制やPTBT体制を壊してしまうという国際社会全体の問題を喚起します。こうした点に加えて、経済制裁を受けたり、核武装の完了を阻止するための外交圧力を受けたりする問題など、多くのコストとリスクを抱えてしまうことになると考えられます。

国の存立を維持するために、極めて効果的な決定打だと思って進めても、それがかえって、国の存立を根幹から動揺させてしまう、核兵器にはそのような副作用があるのです。そのようなリアリズムの観点からの話を、推進論者、反対論者の方々も交えて、より深く議論する必要を感じています。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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