コラム

フェミニズム映画『バービー』が政治的配慮の末に犯したミス

2023年08月16日(水)14時45分

東京の街頭に掲示された映画『バービー』の看板 Kim Kyung Hoon-REUTERS

<現代アメリカのフェミニズムを前面に押し出しつつも保守派の攻撃を回避したのは見事だったが>

映画『バービー』が日本でも公開されました。そのスタートは決して大ヒットという勢いではないようで、公開直後の興行収入ランキングでは「8位」となっているようです。原因としては、原爆ツイートの炎上もあると思いますが、日本における女性の権利獲得という状況が、あまりにも遅れているということもあると思います。

日本の場合は露骨な昇進差別、セクハラ、パワハラ、マタハラといった不公平な扱いなど、個別の戦いが切実という現実があると思います。そんななかでは、いくら女性の権利を主張したメッセージ性のある作品でも、個々の人への「刺さり具合」というのは、色々ということなのでしょう。韓国での苦戦と同様の構図があるのではないかと思われます。

それはともかく、この『バービー』は、2023年現在のアメリカにおける「フェミニズム」のメッセージをかなりストレートに表現した作品といえます。では、イギリスの人気キャスターである、ピアース・モーガンが言ったように「この映画は男性はみんな愚かだと馬鹿にしている」と反発したような攻撃性があるのかというと、その辺は巧みに処理されていると思います。最後にはジェンダー論を超えて、個の尊厳、つまり人が人間として自分らしく生きるとは、という問いかけまで観客を連れて行ってくれる「志の高い」作品だと思います。

そうではあるのですが、最初から最後まで「フェミニズム思想」が貫かれているのは間違いありません。例えばですが、保守系の映画評サイト「見る価値あり? それともポリコレ?("Worth it or Woke?")」は、公開直後に「Non-Wokeness」が0点、要するにポリコレ度は100%という、彼らの尺度によるネガティブ評価を突き付けています。

保守派からの大きな反発はナシ

しかし興味深いのは、この作品に対してトランプ派や保守層などから「ボイコット運動」とか「子どもに見せるな運動」が起きているかというと、必ずしもそうではないことです。保守派の政治家、例えば共和党のテッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)などは、試写会も行われないうちから「ポリコレ映画」だとして批判していましたし、公開後も保守派からの批判はありました。

今年に入って、大手量販店が企画したLGBTQ支援キャンペーンが潰されたり、ビール会社がトランスジェンダーのインフルエンサーを起用して激しい攻撃の対象となったという事例があるのですが、今回の『バービー』は、そのような攻撃を浴びるまでは至りませんでした。その背景としては、アメリカの保守派には一部に白人至上主義があるのは事実ですが、男性至上主義や、家父長制への回帰論というのは強くないことが考えられます。

<編集部注:この後、映画の内容についての記述が含まれています>

ここからは、ほんの少しだけ映画の内容に触れますが、映画として人形「バービー」について、セクシズムだとして全否定をすることはせず、「バービー」の歴史へのリスペクトに溢れた処理をしているなど、表現の「尖り」を回避していることもあるでしょう。

それとは別に、ある種の政治的配慮と言いますか、保守派を激怒させないような気遣いがされているのも感じます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

NY外為市場=円と英ポンドに売り、財政懸念背景

ワールド

米軍、カリブ海でベネズエラ船を攻撃 違法薬物積載=

ワールド

トランプ氏、健康不安説を否定 体調悪化のうわさは「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story