コラム

大雨特別警報はもっと早く出さなければ意味がない

2019年10月15日(火)16時30分

特別警報の「空振り」を恐れるのは理解できるが Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<風雨が強くなってから「特別警報」を出しても、避難を促して人命を救うためには機能していない>

台風19号の被害はあまりにも広範で、しかも深刻であり、胸の潰れる思いがします。被災された方々には心よりお見舞いを申し上げる次第です。

一部には「予測されて色々言われていたことから比べると、まずまずで収まったという感じだ」などという政治家(自民党の二階幹事長)の発言もあるようですが、60人を超える犠牲者を出した現実を考えると極めて不適切としか言いようがありません。

なぜかというと、予測の難しい地震とは異なり、台風の被害は相当程度予測がつくからです。ですから、社会が知恵を絞れば、犠牲者の数は限りなくゼロに近づけることはできるはずです。その意味でも、二階幹事長の発言は極めて残念です。

ところで、今回の犠牲者の多くは、土砂災害、そして洪水による浸水による被害が占めています。また、中部地方から関東そして北日本という台風の進路に沿って、被害は起きています。ですから、適切な警告と避難誘導ができれば、多くの人命が助かっていたかもたかもしれません。

そこで今回、問題提起をしておきたいのが「大雨特別警報」という制度です。4つの観点から考えてみたいと思います。

1つは特別警報が遅すぎるという問題です。科学的に厳格な定義に基づいて、客観的に警報を出すというのは分かりますが、杓子定規に過ぎると思います。本当に特別警報が出るような事態では、もう風雨が強くなっていて避難には適さないというケースもあるからです。

気象庁もメディアも、その辺は分かっていて「警報のうちに避難してください」とか「特別警報が出そう」だと予告した上で「特別警報の発令を待たずに避難してください」という言い方を繰り返していました。

批判を恐れる日本文化の問題

ですが、冷静に考えてみれば警報とか特別警報と言うのは、「危険を知らせて避難を促す」というのが唯一にして最大の目的だと思います。であるのなら、「特別警報が出るようだともう危険なので、警報のうちに避難して下さい」というのは全くの論理矛盾です。それでは特別警報が、避難を促して人命を救うために機能していないことになります。

気象庁の悩みは分かります。少し前の段階で特別警報を出すと、「空振り」になる可能性があるからです。そして「空振り」を起こしてしまうと、大きな批判を浴びるだけでなく、特別警報の権威が下がって、次の天災の際に人命を救う効果が減るのではないか、そのように悲壮な思い詰めをしているのではないかと思われます。

こうなると文化の問題というしかありません。アメリカでは巨大ハリケーンの接近の場合は72時間から48時間前に州知事が非常事態宣言を出して、強制避難を命令し、州兵も出動させます。だいたい24時間前には公的交通機関を止めて、幹線道路も通行止めにします。時には「空振り」もありますが、そこまで前倒しでやらないと人命の保護は100%できないと行政が腹をくくるのです。その上で、首長は逃げも隠れもせずに、テレビで迅速な避難を指揮します。

アメリカ方式が100%いいとは言いませんが、空振りが怖いので風雨が深刻になってからでないと特別警報も、避難指示も出せないというのは、やはり問題だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米当局、ホンダ車約140万台を新たに調査 エンジン

ワールド

米韓、同盟近代化巡り協議 首脳会談で=李大統領

ビジネス

日本郵便、米国向け郵便物を一部引き受け停止 関税対

ビジネス

低水準の中立金利、データが継続示唆=NY連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 7
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story