コラム

日米貿易協定を「ウィンウィン」と呼ぶ日本の敗北主義

2019年10月03日(木)16時20分

1つは自動車部品の問題が継続協議になったという点です。日本からアメリカへの完成車の輸出は、現地生産化の進展により仮に関税が残っても影響は限定的と言ってよいのですが、部品の場合はそう単純ではありません。ハイブリッドやEV関連の部品など高度化した電装部品、自動変速機など高付加価値の部品で、日本からアメリカへの輸出となっている部分はまだ日本経済の重要な柱となっています。

今回の交渉では、この自動車部品への厳しい課税を避けられたというのは評価できますが、今後に含みを残す形で継続協議となったのは残念ですし、引き続き要警戒と言わざるを得ません。

もう1つは、今回の協議についてトランプ大統領が語った「日本のデジタル市場を4兆ドル規模で解放させた」というセリフです。この問題ですが、とりあえず現在そうなっているように、米国サーバーから日本の消費者がアプリやソフト、コンテンツをダウンロードする際に「消費税はかけるが関税はかけない」と言う扱いを今後も保証したということです。

安倍首相としては「消費者へのメリット」という部分に入るのかもしれません。ですが、トランプ大統領の言う「4兆ドル(約430兆円)」という数字はあまりに巨大です。

アメリカとしては、今後も進むコンピューター・テクノロジーの進歩により、日本におけるソフトウェアの市場はどんどん拡大する、その規模が、もちろん単年度ではなく何年にもわたってのトータルで430兆円になるとして、それをごっそり持っていこう、しかも関税ゼロで儲けようというのです。

これは大きな問題です。現在でも、日本人による日本語を使ったコミュニケーションが、米国の企業が運営するSNSのサーバーを通っているわけですし、コンピューターもスマホもタブレットも、日本が開発したOSなど影も形もありません。ソフトウェアに関しては、かつて技術立国を自称し、情報立国を目指していた国の面影はどこにもないのです。

そのような「全敗」状態が今後も続く、その際に動くカネには関税はかけられない、そのトータルの市場規模は430兆円にもなる。そうであっても、関税ゼロなら消費者にメリットがあるのだから、それも「ウィンウィン」というのが全体のストーリー......であるのなら、これは恐ろしいまでの経済敗北主義ではないかと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ネクスペリア中国部門「在庫十分」、親会社のウエハー

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアでの軍事行動を警告 キリス

ワールド

シリア暫定大統領、ワシントンを訪問へ=米特使

ビジネス

伝統的に好調な11月入り、130社が決算発表へ=今
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story