コラム

米不正入学事件が、このタイミングで摘発された理由

2019年03月14日(木)15時30分

主犯のシンガー(写真中央)が不正入学で親たちから集めた報酬は2500万ドルに上る Brian Snyder-REUTERS

<名門大学の体育会をターゲットにして、スポーツ監督や統一テストの実施機関まで丸ごと買収していた前代未聞の悪質な事件>

それにしても前代未聞の規模、そして複数の著名芸能人がクライアントとして逮捕されただけでなく、手口の荒っぽさということでも驚愕の事件でした。主犯のウィリアム・シンガー容疑者は、「KEY・ワールドワイド・ファウンデーション」というコンサル会社を通じて、イエール、スタンフォード、ジョージタウン、USC(南カリフォルニア大学)といったアメリカの名門大学に少なくとも50人を不正に入学させていましたのです。

親たちから集めた報酬は2500万ドル(約28億円)に上り、しかもその一部は「慈善団体への寄付」を偽装することで、親たちに「節税」までさせていたという悪質ぶりです。

その手口は何とも荒っぽいものでした。まず全体の戦略として、名門大学の体育会をターゲットにしたのです。名門大の入試事務室は非常に細かい仕事をするので、正攻法では学力のない生徒を合格させるのは困難ですが、その僅かなスキを突く形として体育会が狙われたのです。

大学スポーツの人気は加熱しており、人材獲得合戦が激しくなっています。その結果として、現場の監督からの強い要請があれば、スポーツ枠で入学させることは比較的容易です。アメリカの大学スポーツは、NCAA(全米大学体育協会)という巨大な全国団体が仕切っていて、不正なスカウト行為などには目を光らせていますが、名門大の場合は体育会が弱小のため団体の監視は緩いのです。

名門大としては「スポーツ活動が余りにも弱小だとブランド力が下がる」ことを警戒し、「統一テストの成績は一定基準を上回る」といった制限を付けつつも、スポーツ枠を緩めています。一方で、名門大のスポーツ監督は報酬も少なく、また学業優先の風土のためにスポーツでの活躍は余り評価されないので不満を持っている可能性もあります。女子サッカーやボート部など、ある種「マイナーな」スポーツであれば、さらにチェックは甘くなります。シンガー容疑者は、こうした「特殊な状況」に着眼したのでした。

手口としては、まず巨額の(日本円で億単位のケースも)ワイロで大学の体育会スポーツの監督を抱き込みます。その上で、「全くスポーツ経験のない」高校生について、入試事務室が行うファクトチェックをすり抜けるために、フェイクのビデオを撮影したり、写真をフォトショップで加工したり、スポーツ活動履歴の偽装をするのです。

問題はSATやACT(ともに大学進学適性試験)の点数で、箸にも棒にもかからない成績ではダメなので、カリフォルニアで「試験実施団体」ごと抱き込み工作をしていました。何も知らない子供は、そこで受験すると、答案が回収されてからカレッジボード社などの主催団体に送付するまでに、答案をシンガー容疑者の配下が「答案の改ざん」を行うのです。改ざんの料金は、一回5万ドル(550万円)だったそうです。

親には、子供が疑わないように「カリフォルニアの大学見学に行くついでに、試験が受けられる良い場所が見つかった」という芝居をさせ、わざわざ見学ツアーとパッケージでの手配をするということもあったそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、ゼロ金利維持でマイナス金利回避の見込み

ワールド

マクロン仏大統領、中国主席と会談 大規模なビジネス

ワールド

米議員、戦争権限決議案提出 「近く」ベネズエラ攻撃

ワールド

EU、リサイクル可能な電池・レアアース廃棄物の輸出
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story