コラム

オバマ政権がイランへ支払った17億ドルの意図とは何か

2016年09月08日(木)17時45分

 そこで考えられるのは、長年続いた経済制裁に関する保障が要求され、それに対してケリー国務長官は「それを認めたら制裁の意味がなくなる」ことから、40年前の話を持ち出したというような「経緯」はありそうです。これは、あくまでも憶測に過ぎませんが。

 いずれにしても、このような「キャッシュの移送」などというエピソードが出てくるということは、それだけオバマ政権がイランとの合意を重視していることです。そして、このイランとの合意に関して、基本的にはヒラリーも支持していると考えられることから、オバマ=ヒラリーすなわち現在の民主党の外交路線だという認識で良いのだと思います。

 では、そのオバマ=ヒラリー路線というのは、このような大金を払い、そのことへの批判を国内から浴びてまでイランとの関係改善を進めたいのでしょうか? 大前提としては、イランとの関係を正常化したいヨーロッパとの協調ということがあります。ですが、おそらくそれだけではないと思います。

 3つの可能性があります。

【参考記事】好調ヒラリーを襲う財団疑惑

 1つは、ブッシュ政権が戦争までしてフセイン政権を倒したイラクでは、実質的にシーア派主導の政府ができているので、イランの影響力が高まっています。ここでイランに対して、アメリカの支援するイラク新政府に「協力的」な姿勢を取らせて、イラクの治安を改善することは対ISISという点でも重要です。

 2つ目に、イランがイラク新政府に協力的になるだけでなく、ペルシャ湾を挟んだサウジとの対立も緩和するように仲介したいという問題もあると思います。前回のコラムでも述べた通り、サウジはムハンマド副皇太子の主導下、アラビア半島のシーア派との対決を強め、またイランへの強硬姿勢を見せていますが、この対立を緩和するためにもイランを国際社会に復帰させたいという意図はあるでしょう。

 3つ目に、イランが国際社会に復帰する代わりに、レバノンのヒズボラや、シリアのアサド政権への軍事支援をやめさせるという思惑があります。ヒズボラとアサド政権は、何と言ってもシリア情勢を落ち着かせるための大切なキーになる存在です。同時に、この両者が長年続けてきたイスラエルとの確執を緩和へ導くことは中東和平にとって重要だということもあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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