コラム

15年の経過とともに、忘れられつつある9・11

2016年09月13日(火)15時30分

 その時にニューヨーク市長として見事に「仕切った」のがルディ・ジュリアーニでした。特に、この人は不明者の家族、犠牲者の遺族から「聖(セイント)ジュリアーニ」と言われるほどの尊敬を受けたのです。事実、その仕切りは実務的に素晴らしく、それゆえに傷ついた人々の琴線にも触れたのでした。

 いわば「9・11の象徴」とも言えるジュリアーニ氏は、今はトランプの熱烈な支持者に転じ、今回の慰霊式典では、元市長というよりもトランプの介添え役として登場しました。そのジュリアーニ氏は、演説会では徹底的にヒラリーを攻撃するのを売り物にしており「オバマ=ヒラリーのおかげで、アメリカは史上最悪のテロ脅威に晒されている」などと怒鳴るのです。

 まるで「9・11などなかったかのような」このジュリアーニ氏の口ぶりにも、やはり「忘却」という言葉が当てはまるように思います。では、どうしてジュリアーニ氏は「9・11を忘れたかのように振る舞いつつ、トランプを熱烈に支持している」のでしょうか?

 ジュリアーニという人は、2008年の大統領予備選において有力視されていましたが、予備選の序盤で撤退を余儀なくされています。ニューヨーク出身として、共和党候補の中では左派とみなされていた中で、「宗教保守派」などから徹底的に攻撃されて失速したのです。

【参考記事】米大統領候補「アレッポって何?」

 どんな攻撃を受けたのかというと、2つありました。一つは、ニューヨーク出身ということで「中絶容認」ではないかという非難を受けた点です。もう一つは、この人は2回離婚して3人目のジュディス夫人と結婚したばかり(入籍は9・11の後)だったのですが、そのことを「家庭破壊者」だとして追及されたのです。

 この2点は「保守でなければ予備選には勝てない」という共和党内では、決定的でした。撤退時のジュリアーニ氏は実に悔しそうで、夫妻としては相当な怨念を抱えているというムードでした。

 その点で、ニューヨーカーとして「中絶容認」を掲げ、「三度目の結婚」をして胸を張っているトランプが、宗教保守派を含む「共和党の本流」を叩きのめして統一候補の座を射止めたことに、この知的な政治家の奥深いところにある復讐の心理に共鳴する「何か」があるのではないかと思います。

 仮にそうだとしても、その結果として「9・11」後の危機管理のキーマンであった人物から、「オバマ=ヒラリーがアメリカを史上最も危険な状態にした」というセリフが飛び出すのは、「9・11を忘れた」言動であることに間違いありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ナスダック連日最高値、アルファベット

ビジネス

NY外為市場=ドル全面安、FOMC控え

ワールド

米軍、ベネズエラからの麻薬密売船攻撃 3人殺害=ト

ワールド

米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行動なけ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story