最新記事
中東情勢

6.22空爆の裏にある「敵対」と「共犯」の歴史──アメリカとイラン、50年の宿命をひも解く

A TANGLED HISTORY

2025年7月31日(木)18時27分
グレゴリー・トレバートン(南カリフォルニア大学ドーンサイフ校教授)
アメリカとイランの国旗を背に、にらみ合うふたりの男性

半世紀にわたり衝突と緊張を繰り返してきたアメリカとイラン Ahyan Stock Studios-shutterstock

<イラン革命で始まった「敵対」の歴史。その裏には、憎悪と計算が絡み合う「共犯」の構図もあった。6.22空爆は、そんな半世紀の関係の延長線上にある>

6月22日にアメリカが実施したイラン空爆は、ほぼ半世紀にわたる両国の敵対関係を改めて強調する出来事となった。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、自らの保身のために戦争を続けているとみられること、そして弱体化したイランの現体制は、国民の愛国心をあおるためにアメリカやイスラエルに厳しい報復措置を取らざるを得ないことを考えると、停戦がいつまで続くかは分からない。


ただ、アメリカとイランの2国間関係の歴史を振り返れば、これから起こることはある程度予測できる。

そもそもアメリカとイランの関係が大きく悪化するきっかけとなったのは、1979年のイラン革命だった。それまでのイランには、53年のクーデターではCIAの支援を受けたモハマド・レザ・パーレビ国王がいて、77年にアメリカを公式訪問するなど親しい関係だった。

パーレビを乗せたヘリコプターがホワイトハウスの前庭に着陸すると、ジミー・カーター米大統領が満面の笑みで出迎えたものだ。だが、カーターの歓迎スピーチを書いた側近は、パーレビは秘密警察を使って反対意見を握りつぶす「血塗られた手を持つ男」だと吐き捨てるように言った。

武器売却代金を反共支援に流用

だが、79年にイラン革命が起こり、パーレビが権力の座を追われ、イスラム法学者による統治を掲げる神権政治が確立された。

さらに同年11月に起きたテヘランのアメリカ大使館人質事件は、米イラン関係に決定的な打撃を与えた。カーターは80年の大統領選に敗北し、アメリカでは政界でも世論でも神権政治やイスラム教へのイメージが著しく悪化した。

その後も、米イラン関係を揺さぶる事件は相次いだ。

80年に勃発したイラン・イラク戦争は、双方に大量の死傷者を出しながら膠着状態に陥り、アメリカはイラクに情報提供や後方支援などをした。

ところが86年に発覚したイラン・コントラ事件では、レーガン政権がイランに秘密裏に武器を売却し、その代金をニカラグアの反共・反政府武装勢力コントラの支援に充てていたことが分かり、大騒ぎになった。

88年には、米海軍の艦艇がペルシャ湾でイランの敷設した機雷に接触する事件が発生。アメリカは報復としてイランの石油採掘プラットフォームを破壊する一方で、イラン航空655便を誤爆する(乗客乗員290人が死亡)悲劇を起こした。

ビル・クリントン米大統領は1995年、厳しい対イラン経済制裁を発動した。これに対してイランの改革派モハマド・ハタミ大統領が「文明間の対話」を呼びかけたことで、アメリカでも警戒しつつ関与に前向きな姿勢が見え始めた。

ところが2002年、ジョージ・W・ブッシュ米大統領は、イランを「悪の枢軸」と呼ぶなど口撃をエスカレート。一方、イランはアメリカがイラン領内に無人機(ドローン)を送り込んでいると主張した。

司令官暗殺で緊張は頂点に

バラク・オバマ米大統領は09年、イラン大統領選後の民主化運動拡大に友好的な姿勢を示した。するとイランは、ペルシャ湾岸からの石油輸送の要衝であるホルムズ海峡を封鎖する可能性を示唆。

それでも15年、イランと欧米諸国はイランの核開発計画を制限し、国際的な監視下に置く包括的共同作業計画(いわゆるイラン核合意)に合意した。

ところが、オバマの次に大統領に就任したトランプはイラン核合意から離脱し、イランに「最大限の圧力」をかけることを宣言。全面的な経済制裁を復活させたほか、イラン革命防衛隊でも精鋭部隊の司令官だったガセム・ソレイマニを殺害させ、緊張はピークに達した。

21年に就任したジョー・バイデン大統領も、経済制裁を維持した。このためイランは、ロシアや中国、さらにはレバノンのシーア派組織ヒズボラやイエメンの反政府勢力フーシ派など非国家組織との貿易や軍事協力を強化していった。

newsweekjp20250730034639.png

こうした歴史は、私たちに何を教えてくれるのか。

まず、米イラン間の交渉は可能だが容易ではなく、あくまで限定的な成果しかもたらせないだろう。オマーンの仲介で今年4月に始まった政府高官級間接交渉も、アメリカによる空爆後は中断されている。

第2に、イランの現体制は国民の間で不人気だが、体制転換が起こることはないだろう。万が一、アメリカやイスラエルがイランの最高指導者アリ・ハメネイを殺害した場合、むしろイラン国民の愛国心を燃え上がらせる可能性が高い。

第3に、イランはいつも慎重に計算された軍事的な反撃を講じてきた。従って、6月22日のアメリカの空爆に対する報復も、あくまで慎重になされるだろう。カタールの米軍基地を攻撃するにとどめたのも、そのためだ。イランは事前にアメリカ側に報復攻撃の通知さえしている。

アメリカのイラン核施設爆撃と、それに続くイランの慎重な報復は、イランには拒絶できない提案をトランプがするチャンスだ。

The Conversation

Gregory F. Treverton, Professor of Practice in International Relations, USC Dornsife College of Letters, Arts and Sciences

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.




ニューズウィーク日本版 トランプ関税15%の衝撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月5日号(7月29日発売)は「トランプ関税15%の衝撃」特集。例外的に低い税率は同盟国・日本への配慮か、ディールの罠

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


編集部よりお知らせ
ニューズウィーク日本版「SDGsアワード2025」
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

関税による輸出採算悪化、賃上げへの影響に不確実性=

ワールド

インド製造業PMI、7月改定値16カ月ぶり高水準 

ワールド

英政府、ヒースロー空港拡張の競合2提案検討

ビジネス

三井物産、4─6月期の純利益3割減 前年の資産売却
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 6
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 7
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 8
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 9
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 10
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 8
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中