コラム

バス事故頻発の背景にある「日本式」規制緩和の欠陥

2016年01月19日(火)16時20分

 こうした民事裁判制度を補完するのが「損害賠償保険」です。懲罰賠償とまでは行かなくても民事法廷が機能していれば、一方が他方に損害を与えた場合は、その賠償命令が厳格なものとして出るはずです。その際に、支払いの責任を負った側に支払い能力がなくては大変です。ですから商慣行として「相手が損害賠償保険に入っている」ということを確認できれば、リスクを低減することができます。

 もちろん日本も近代社会ですから、民事裁判制度があり、損害賠償保険もあります。ですが、これが上手く機能していないのです。特に問題なのが民事裁判制度です。日本の民事裁判には5つ大きな問題があります。

 それは、「時間がかかる」「費用がかかる」「専門的な判断ができない」「判決の強制執行が徹底していない」「時効が短いし、判決履行の時効も短い」という問題です。つまり「紛争解決のインフラとして使い勝手が悪い」のです。

 この問題は、かなり以前からわかっています。それこそ小泉改革以前から、司法改革という言い方で制度の改正が進められていたのです。この司法改革では、裁判官や弁護士の人数を増やそう、そのために司法試験を改革しようという動きがあり、その目的として「民事裁判制度をもっと使える制度に」ということも入っていました。

 例えば裁判員制度の導入も「単に市民感覚を司法に」という曖昧な目的だけでなく、「民事を含めた訴訟が増えても対応できる」ように、つまり裁判所の処理能力の向上を狙った動きだったとも言えます。ですが、この司法改革に関しては全体として上手くいっていません。企業のリーガルマインド向上で、裁判の件数が増えるかと思ったら、企業は「コンプライアンス形式主義」で自縛の回路に入るばかりで、訴訟件数が増えたり、弁護士のニーズが拡大したりすることはなかったのです。

 このため、民間の紛争解決の手段として「民事裁判制度」が機動的に利用される社会は実現していません。多くの紛争が「強者による強制と弱者の泣き寝入り」になったり、「世間に知られることでの社会的制裁」ばかりが横行したりして、健全な解決になっていないケースが依然として多いのです。

 とにかく、民事裁判制度の紛争処理能力を低いままにしておいて、一方で規制緩和を進めるというのは無謀です。そんなことは「規制緩和の本家」であるアメリカでもやっていないのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米原油先物、5%上昇 中東緊張で供給制約

ビジネス

米当局がバーゼル3最終化の資本規制案近く公表へ、銀

ビジネス

米アマゾン、370億ドルの社債発行を計画 AI投資

ワールド

EIA、ブレント原油「今後2カ月95ドル超」 年末
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開された皇太子夫妻の写真が話題に
  • 4
    「一日中見てられる...」元プロゴルファー女性の「目…
  • 5
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 6
    人間ダンサーを連れて「圧巻のパフォーマンス」...こ…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    ホルムズ海峡封鎖、石油危機より怖い「肥料ショック」
  • 9
    身長や外見も審査され、軍隊並みの訓練を受ける...中…
  • 10
    トランプも無視できない? イランで浮上した「危機管…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 4
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 6
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story