コラム

サウジ・イラン断交は原油価格上昇を狙った「一種のヤラセ」

2016年01月05日(火)16時10分

 しかしながら、実際に処刑ということが行われ、お互いに自国のナショナリズムに点火はしているわけです。外交関係を停止して外交官に国外退去を命じるというのは「相当なこと」です。仮に「示し合わせている」とか「あうんの呼吸でやっている」としたら、それはどういうことなのでしょうか?

 1つの可能性は、両国共に「これ以上の原油安には耐えられない」という状況があり、ペルシャ湾の南北で緊張を発生させれば「原油価格を上昇させる」ことができると判断して、芝居とまでは行きませんが、お互いに「対立を国際社会にアピールする」ということを意識して行動しているというシナリオです。

 もちろん決定的な証拠はありませんし、両国の指導者が認める可能性もありません。ですが、そのように見ることが一番合理的なように思うのです。

 では、仮にそうだとして、今後の展開についても楽観できるかというと、それは違います。現在進行中の原油安というのは、70年代や80年代とはまったく違う複雑な構図として出てきているからです。サウジとイランが協調して「増産すれば価格を下げ」、反対に「対立をアピールすれば価格を上げる」ことができるような時代ではないのです。

 その証拠に、事態を受けた年明け(週明け)1月4日の市場での原油価格の先物は、多少上昇していますが、30ドル台で推移しており、基本的に安定しています。現在の原油価格は、「この程度のこと」ぐらいで、そんなに上がるものではないのです。

 そんな中、思うように原油価格が上がらなければ、サウジの財政危機、政治危機は深化してゆくでしょう。サウジのサルマン国王は、昨年死去したアブドラ前国王の後継として就任したばかりの新国王とはいえ既に80歳です。そして「創業者」イブン・サウドから数えて「第二世代」としては最後の国王となる可能性が濃厚です。

 ということは、それほど遠くない時点で「次」へ、つまり「第三世代」へと権力が承継される事になります。現在の皇太子も副皇太子も「第三世代」つまり、物心ついた時には、「オイルマネーのあふれる」中で育った世代であり、同時に、その繁栄の基盤の脆さもより理解している世代だと言えます。

 要するに、サウジという国家が存続していくには、いつまでも石油に頼っていてはダメなのです。国家のリストラを真剣にやらなければならないサルマン国王は、自分が「つなぎ」の国王という自覚の元で、色々な手を打とうとしているのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル・イラン衝突、交渉での解決が長期的に最善

ビジネス

バーゼル銀行監督委、銀行の気候変動リスク開示義務付

ワールド

訂正-韓国大統領、日米首脳らと会談へ G7サミット

ワールド

トランプ氏、不法滞在者の送還拡大に言及 「全リソー
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story