コラム

TPP妥結の政治的意味、日本とアメリカ

2015年10月06日(火)18時30分

TPP交渉は最終盤まで難航した(写真は会見で進捗を説明する日本の甘利TPP担当相) Kevin Fogarty-REUTERS

 面倒な交渉の末にようやく妥結したTPPですが、この問題に関しては日本もアメリカも「政治のねじれ」を経験しています。日本の場合は、そもそもTPP交渉へ向けて積極的に踏み込んだのは民主党の野田政権で、当時野党だった自民党は安倍晋三首相も含めて、主として農村票を意識して消極的でした。

 ですが、現在は安倍政権として積極的に交渉を進めて合意に至った一方で、民主党の方は「慎重審議を」という姿勢になっています。こうなると立場の「ねじれ」というより、政権政党になると中道現実主義、下野すると左右の極端という間を「ウロウロ」せざるを得ない「日本型民主主義」の、「ブレ」と「戻り」の力学が見えます。

 この点で比較すると、アメリカの場合はもっと大変です。

 TPPを推進しているのはオバマ政権ですが、与党・民主党の議員は相当数が反対です。非常に単純化して言えば、労働組合票などに支えられている議員が多いので、自由貿易より保護貿易を志向しているからです。大統領選の候補でも、ヒラリー・クリントンは消極姿勢(その変節は「日本的」ですが)、バーニー・サンダースは強硬に反対という具合です。

 しかしTPPを妥結した後は、議会で批准をしなくてはなりません。実は今回は妥結に漕ぎ着けたオバマ政権ですが、アメリカ議会での批准は決して予断を許さない状況です。その際に頼りになるのは、野党の共和党です。共和党は基本的に自由貿易に理解があるからです。正に究極の「ねじれ」というわけです。

 その共和党は、医薬品業界との関係が深いという側面があります。今回は最後の大詰めの段階で「新薬開発時のデータ保護期間」で大きくモメましたが、アメリカとしてはどうしても強硬に出ざるを得ない背景として、共和党の存在があると言えます。

 アメリカにとって医薬品業界とは、非常に巨大な基幹産業です。その競争力は、莫大な経費を使った新薬開発で維持されています。そのデータ保護期間が短縮されてしまえば、それだけ各国でのジェネリック医薬品が市場に出るのが早まるわけで、大変に困ります。その懸念が、このTPP交渉の土壇場に来て噴出したことになります。

 ところで、こうした自由貿易か保護貿易かという「対立軸」は、アメリカにとって大変に深刻な問題です。例えば、19世紀半ばの大事件である南北戦争は、一般的には奴隷解放をめぐる対立の結果だと言われ、それは確かにそうした側面が強いのは事実です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story