コラム

安倍政権、「安保法制」局面のサバイバル・シナリオとは?

2015年07月23日(木)18時10分

 それにしても、奇妙な政治状況になってきました。集団的自衛権に関する閣議決定が行われたのが昨年7月で、ほぼ1年を経てその法制化を中心とした「安保法制」が今月16日に衆院本会議で可決されました。

 今回の安保法制の審議を進めるにあたって、憲法学者の間から「安保法制は違憲だ」という指摘が相次ぎ、さらに時間をかけたとはいえ衆院の委員会でも本会議でも与党の「強行採決」となり、内閣支持率は35%前後にまで低下してきています。

 一方この1年を振り返ると、昨年12月には総選挙があって安倍内閣は信任を受けた形となっています。政権とすれば、「閣議決定」から1年をかけて論議を進め、その間には総選挙で民意の信任を受けているのだから、という自信があるのかもしれませんが、その正当性は世論調査を見る限り、説得力を持っていないようです。

 では一気に倒閣になるのかというと、そう簡単にそこまで政局が動くとは思えません。というのは、安保法制、憲法論議、統治能力の3点がマトリックスになって「お互いの要素がお互いを縛っている」からです。

 内閣支持率は低下しているものの、まず野党第一党・民主党の現状としては、「統治能力に関する悪印象がまだ残っている一方で、今回の安保論議では野党的な弁論の勢いに乗って『政権担当経験を吹き飛ばすほどの左シフト』をしてしまい、余計に統治能力をアピールしにくくなった」というのが現状です。

 また維新の会は、「『安倍内閣批判のトレンドに乗りたい』一方で、『イデオロギー的には安倍内閣に近い』わけで、安保法制に関する政権批判はどうしてもさまつな部分になりがち。他方で民主党とは『イデオロギーの差が大きくなりつつあり』連携は難しくなっている。大阪都構想の住民投票敗北の後遺症もある」というのが正直なところでしょう。

 一方、連立与党の公明党は、「安保法制の審議をあまり強引に進めると、支持者が『ついてこれなくなる』という問題を抱えている」というファクターもあります。

 そんな中、審議は参議院に回されたわけですが、「仮に参議院でも『強引さ』を批判されるようだと、内閣支持率がさらに低下する危険がある」という問題もあります。

 そして、この安保法制と憲法論議は関係が複雑です。

「安保法制が違憲であるならば、憲法改正で9条を変更して安保法制を合憲化するべきだが、安倍政権にはそこまでの覚悟もなければ支持もない。そこであくまで安保法制は合憲だという解釈を貫くが、その場合には憲法改正反対論が増大する副作用が伴うし、安保法制が現行憲法でも合憲とするなら改正する切迫した理由は薄れる」というのが、現時点の憲法論議をめぐる状況だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ

ビジネス

テスラ自動車販売台数、4月も仏・デンマークで大幅減

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の

ビジネス

LSEG、第1四半期収益は予想上回る 市場部門が好
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story