コラム

はしかの流行が暴露したアメリカの予防接種の実態

2015年02月04日(水)13時34分

 どうして未接種者が増加しているのかというと、州によっては「保護者の判断で接種を拒否できる」からです。では、どうして接種拒否が出てくるのかというと、日本と全く同じ理由です。要するに「副反応が怖い」という理由です。

 特に欧米の場合ですと、イギリス発の「MMR接種を行うと自閉症になる確率が高くなる」という根拠のない風評が一時期かなり広まったことがあり、その影響もあるようです。また、女子対象の「子宮頸ガン予防(HPV)ワクチン」接種を各州が進めることに対して、アメリカの保守派の間に反発があり、その反発とまとめてMMRについても「保護者の任意」にすべきだという政治運動になっていることもあるのです。

 この問題では、ニュージャージー州のクリス・クリスティ知事がこの「保護者による予防接種の拒否権」を認める発言をして「物議を醸して」います。クリスティ知事は、2016年の大統領選に意欲を見せており、既に「PAC(政治活動委員会)」を立ち上げているのですが、「国際問題には全くの素人」という「弱点」を補うために1月の末にイギリスを訪問してキャメロン首相とも会談しているのです。

 ところが、訪問先のケンブリッジでの記者会見で強調したのは「予防接種の任意性確保」という主張でした。要するにHPVにしても、MMRにしても強制接種はダメだというのです。

 この発言には、ある種「政治的な必然性」があることが指摘できます。クリスティ知事は、小さな政府論など「コストカット」に関しては良くも悪くも実績があるのですが、共和党の候補として指名を獲得するための「社会価値観」では大きなハンデを背負っているのです。というのは、このニュージャージーは「リベラル州」であり、その州政を担う中で、クリスティ知事は「銃規制と妊娠中絶は容認」という立場に立っているからです。

 知事自身は「州の特性に合わせているだけ」で自分はそんなにリベラルではないと強弁しているのですが、共和党内からは「アイツは真性保守ではない」という烙印を押された存在になってしまっています。そのハンデを何とか克服するために、「予防接種の拒否権ぐらいは主張する」ことで「辛うじて保守の魂があることを証明したい」のだと思います。

 ですが、タイミングは最悪でした。麻疹の流行が社会問題化する中で、このクリスティ発言はメディアの「格好の餌食」にされた格好です。CNNの医療評論家であるサンディ・グプタ医師などは、早速このクリスティ発言に対して噛みついています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米北東部に寒波、国内線9000便超欠航・遅延 クリ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story