コラム

大相撲の伝統を継承しているのは誰なのか?

2014年05月27日(火)12時41分

 一方で、舞の海氏の発言には何とも言えない残念な思いがします。というのは、折角国際化した大相撲に「排外主義」を持ち込んだからではありません。

 大相撲の醍醐味には、ボクシングやレスリングのような「重量による階級制」がないという点があります。ですから、基本的には巨漢力士が有利であるわけですが、その中にあって小兵でありながら取り口に優れた力士も活躍できるようになっています。

 そうした小兵力士が、大柄な力士を技で倒すことがある、それが大相撲の醍醐味の一つとなっているのです。昭和の昔で言えば、鷲羽山関などがその代表であり、更に平成時代の大相撲では、他ならぬ舞の海氏はその代表格でした。

 どうして鷲羽山関や、舞の海関は人気があったのでしょうか? それは、大きな相手に対して怖がらずに向かっていくファイティング精神だけではないと思います。また、常に技を磨き抜く鍛錬の姿勢だけでもないと思います。それは、基本的に小兵は不利であるということを知り尽くしながらも、常に大きな相手に挑んでいくチャレンジャーの精神、チャレンジャーの謙虚さということだと思うのです。

 例えば、舞の海関と言えば、何と言っても因縁があるのが対小錦戦でしょう。特に1996年の7月場所の一番で、勝負には勝ったのですが、体重差で約200キロ以上重い小錦関が左膝へ倒れ込んで来て舞の海関は大怪我を負い、二場所を休場した後に十両へ陥落しています。

 もしかしたら、舞の海関本人は今でもこの一番のことを恨んでいるのかもしれませんが、相撲ファンはこの事件のことは良く覚えているはずです。勝ったのに相手が倒れてきて大怪我、それでも翌年の5月場所には十両から這い上がって幕内復帰を果たした舞の海関のことを多くの人間は称賛しているし、今でも舞の海氏がキャスターやタレントとして人気があるのは、こうした難局を乗り越えてきた精神力と、小兵力士ゆえのチャレンジャー精神を覚えているからだと思います。

 今回の「蒙古襲来」とか「外国人力士を排除」というのは、そうした小兵力士の美学に自分で泥を塗る行為であり、更に言えば大相撲という伝統芸能と興業とスポーツが入り混じった不思議なカルチャーの核の部分を壊す発言であると思うのです。チャレンジャーの謙虚さという価値観が消えてしまったら、小兵が巨漢を倒す相撲の醍醐味の精神面が完全に消えてしまうからです。

 そう考えれば、理由に関しては沈黙を守っての白鵬関の「会見拒否」と、舞の海氏の「蒙古襲来発言」のどちらが、大相撲の伝統に対する責任ある態度であるかは明らかであると思います。

 ただ、舞の海氏に関して言えば、現役引退後は相撲解説者として記録的な数のコメントをして来ているわけで、その中では今回のような「不規則発言」は全くなかったわけです。相撲とは何かということを、正に自分の言葉で喋り続けてきたわけで、その功績は大きなものがあると思います。

 その舞の海氏が、今回のような発言を行うに至ったというのは、もしかしたら講演会の場の雰囲気に流されただけなのかもしれません。そうであるならば、白鵬関の「無言の抗議」を受け止めて、このような発言は今回限りにしていただきたいと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国防長官、在韓米軍の「柔軟性」検討へ 米韓同盟で

ビジネス

ニデック、6000億円の融資枠 三菱UFJ銀・三井

ワールド

サウジ皇太子、米国公式訪問へ トランプ氏と18日会

ワールド

豪中銀、予想通り政策金利据え置き 「慎重な姿勢維持
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story