コラム

西武HDと投資ファンドのトラブル、TPP加入によりこうしたケースが増えるのか?

2013年04月04日(木)11時41分

 西武鉄道とプリンスホテルを中心に事業展開をしている西武グループの持ち株会社西武HDは、サーベラスという米系の投資ファンドが筆頭株主となっています。このサーベラスは現在、大規模なリストラ案を株主提案していると報じられています。

 具体的には多摩川線・秩父線・山口線・多摩湖線などの不採算鉄道路線の廃止、プロ野球の埼玉西武ライオンズの売却、プリンスホテルや西武鉄道の諸料金値上げ、品川駅周辺などの再開発案の策定などです。

 これに対して、西武HDサイドは拒否しており、サーベラスは2013年4月下旬を期限とする敵対的TOB(株式公開買い付け)を提案しています。このTOBが成立し、その後の経営権の争いにも勝利すれば、サーベラスの主張が通って、不採算路線の廃止などが行われる可能性があります。そのために各鉄道路線の地元や一部政財界から反対の声が挙がっています。

 この問題ですが、「ハゲタカ外資が強欲に走ってゴリ押しをしてきている」というニュアンスで報道されているようです。また、一部にはTPPに日本が加入すると「自分たちが儲ける環境を作れ」とばかりに、こうした高圧的な外資がドンドンやって来て、日本の企業や社会は「言うことを聞かせられる」というイメージもあるようです。

 ですが、私はこうした報道は誤りだと思います。

 まず、今回のサーベラスの出資ですが、大変に特殊な事情の中で行われたディールであったということを指摘しておきたいと思います。西武HDは20世紀の後半に堤家の支配によって業績を伸ばしてきた旧国土計画(後にはコクドと改名、現在は解散しています)グループ、別名西武鉄道グループの現在の姿です。

 その旧西武鉄道グループですが、80年代にホテルやリゾート開発を展開した結果、バブルの破綻で大きな痛手を受けました。バブルの破綻は1989年で、ここから日本全国の地価は暴落を続けると共に、リゾート産業は需要の後退がずっと続きました。その結果、旧西武鉄道グループは破綻しました。

 ですが、その破綻は長銀などが潰れた98年や、メガバンク再編の02~03年といったタイミングよりも後の、04年に起きています。バブルそのものというべき、リゾート開発に突っ走っていた旧西武鉄道グループが04年まで持ちこたえたのかというと、2つの理由があったと思われます。

 1つは、日本の会計制度が「原価主義」を採用していたということです。旧西武鉄道グループは、戦後の混乱期に色々なことをやって全国の土地を安く買い集めていました。原価主義ということは、土地を安く買ったりしたその「原価」がそのまま「簿価」として帳簿に載っていたということです。ですから、バブルが崩壊して土地の価値が暴落しても、企業として損失を計上することは免れていたのです。

 もう1つは、堤義明代表(当時)の信用力でした。そうは言っても旧西武鉄道グループとしてはバブル期のリゾート開発には土地を担保にして、巨額の資金を調達していたわけです。自分の持っている土地は実は「簿価の安い」土地であるわけですが、担保にする際には実勢価格での評価がされていたわけで、会社の信用力や株価に関しては「簿価と実勢価格の差」つまり日本流の「含み資産」がモノを言っていたのです。ですが、それの「含み資産」がバブル崩壊で消滅する中で、堤代表の信用力で株価を維持し、銀行取引を維持していたのでした。

 そんなわけで04年まで破綻を免れていたのですが、実際の破綻プロセスは、結果的に荒っぽいストーリーとなりました。まず、総会屋事件が摘発される中で、堤代表が信用を失い、その次のステップとしては西武の株を堤氏が不当に操作していたという摘発で、株の「上場廃止」という荒療治が行われたのです。

 西武鉄道グループは一気に破綻しましたが、勿論再生をさせなくてはなりません。ですが、日本国内には、こうした非常事態において「リスクを受け止めるマネー」が物理的に存在しなかったのです。そこで、様々な経緯の結果として、アメリカを拠点とする「プライベート・エクイティ・ファンド」のサーベラスの出資を仰いだということになります。

 そのサーベラスですが、最終的には西武HDを再上場させて「上場による株の売却益」で投資のリターンを取るのが目的と考えられます。ですが、現在の「上場した場合の想定価格が期待したものより低い」状況、そして「アベノミクスによる円安」という「ダブルパンチ」を受けて、このままで投資の目的を達成することが難しくなり、そのために強硬な条件を出してきていると見るべきでしょう。

 では、サーベラスは「ハゲタカ」なのでしょうか? 違うと思います。先ほど申し上げたように、日本ではこの種の破綻企業再生という「ハイリスク」を受け止める「マネー」がなかったのです。

 では、外資には強欲で「ハイリスク・ハイリターン」の好きな肉食系の投資家が付いているというのかというと、そうではありません。ポートフォリオの中に「低リスク」の投資と、「高リスク」の投資をミックスし、また「高リスク」のものも種類や地域を分散して全体の投資を「できるだけ高リターンで、できるだけ低リスク」な「ブレンド」にするという技術が発達しているだけです。

 日本の場合は、先ほどお話したような「含み資産」という考え方や、堤氏の個人的な信用力といった「計数化の難しい」要素が金融というものに混じっていたために、高リスクを受け止める投資や、分散投資の技術が未発達であったのです。そこで、バブル後の破綻企業の再生にはどうしても外資の協力が必要だったのです。それを「ハゲタカ」呼ばわりするというのは、私は不正確だと思います。

 TPPへの参加に関しては、そもそも時価での会計を徹底するとか、企業の情報開示のスピードを上げるなど、旧西武鉄道グループの破綻処理にバブル崩壊後15年も要したような制度を改め、迅速性と透明性を高めて行く方向での「変革」が求められるし、そのような方向性になるべきと思います。横暴な外資がどんどん上陸して、日本は食い物にされるというイメージで受け止めるのは誤りであると思います。

 それは、日本経済の再生に寄与するだけでなく、仮に中国という巨大な経済が行き詰まった場合への対処にもなるのです。整然とダメな部分を処理してゆくことで、社会の変化をソフト・ランディングさせる、そうした制度的なインフラを作るためにも、中国社会に国際ルールに従った透明性を確保するよう求めてゆく、そのための前段階としてのTPPという位置づけも確認しておく必要があるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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