コラム

「新ローマ教皇誕生」、アメリカが熱狂する理由は?

2013年03月15日(金)11時47分

 それにしても、新教皇の選出に関しては、各社最大級の報道体制を敷いていたのには驚きました。アンダーソン・クーパーを送り込んだCNNを筆頭に、各社ともにメインキャスターをバチカンへ送って毎日トップニュース扱いでした。コンクラーベ(枢機卿たちによる新教皇選出投票)が始まると、熱気は更に盛り上がりました。

 ニュースの関心は「今日の煙は何色?」つまり、決定できないと黒煙、決定があると白煙がシスティーナ大聖堂の煙突から上がるというので、その「煙の色」で毎日大騒ぎになりました。いよいよ白煙が上がって決定を見ると、「一体誰になるのか?」で速報ニュースが飛び交い、最後にアルゼンチン出身の「ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿」に決まると、報道は最高潮に達しています。

 アメリカではどうして新教皇誕生の報道でここまで盛り上がったのでしょうか?

 前提としては、アメリカがキリスト教国家だということがあります。プロテスタントが多数派のアメリカですが、近年は保守的な福音派が増えており、その福音派の信仰に関して言えば、一部はカトリックの教義にも近い中でローマ教皇への親近感があるのだと思います。

 これに加えて、何と言ってもカトリックの人口が増えているということがあると思います。アメリカのカトリックは以前は、アイルランド系、イタリア系、ポーランド系などが多かったのですが、ここ半世紀にわたるヒスパニック系の人口増加により更にカトリックは増えているわけです。

 特に今回はアルゼンチン出身の教皇ということで、新教皇決定の翌日、14日の朝のニューヨーク・タイムズ紙は「新教皇は米州から」という見出しを大きく掲げています。米州(Americas=南北アメリカ)出身の教皇が選ばれた、それは「我々も南北アメリカ出身なんだ」という歓喜を表現していたと言えます。

 アメリカの中でもニューヨークは、イタリア系とアイルランド系のカトリックが多いのですが、この中のアイルランド系に関しては、今週末の17日(日曜日)が「聖パトリック記念日」となっています。つまり、アイルランドにカトリックを伝えた聖人を祭りつつ、春の到来を祝う祭りなのですが、これに合わせて新教皇が誕生したということで盛り上がっています。

 では、今回の「フランシスコ1世」の登場に関しては、どんな評価や期待があるのでしょうか?

 1点目として、アメリカの場合は2000年代に明るみに出た「カトリック聖職者の少年への性的虐待事件」の後遺症が残っているということがあります。問題の根絶も完全にはできていません。この問題に関しては、カトリックの信者たちからすれば、大変な不祥事なのだから、頂点に立つ教皇には徹底的に取り締まって欲しいのです。

 2つ目は、現時点では噂の域を出ませんが、今回ベネディクト16世が大変に異例な「生前退位」に至った背景には、教皇庁内部の暗闘説であるとか、金銭的なスキャンダルなど諸説があるわけです。新教皇にはそうしたスキャンダルがあるのであれば、徹底した浄化を行い、いずれにしてもローマ教皇庁の信頼を回復するということへの期待があるわけです。

 3つめは、世界の貧困問題や戦争の問題などの解決に積極的に関与するという期待です。この問題ではヨハネ・パウロ2世が大きな足跡を残している一方で、その後任のベネディクト16世は目立った動きをしなかったために、世界的には新教皇への期待は大きなものがあります。但し、アメリカではカトリックの大多数を含めた世論としては「軍事外交問題へのヨーロッパからの介入や圧力」には本能的な反発があるので、この点に関しては余り話題になっていません。

 4点目としては、そもそもプロテスタントや聖公会などでは認められている聖職者の妻帯が、カトリックでは禁止されているのが性的スキャンダルの背景にはあるという指摘です。つまり、聖職者の妻帯を認めてはどうかという問題です。いわゆる改革派的な観点からはそうした声も大きくなっています。

 5つ目は、カトリック教会の同性愛に対する姿勢です。21世紀の現代では、さすがにカトリック教会としても、同性愛そのものを「罪」とはできなくなっています。ですが、この問題に関する教会の立場はまだまだ中途半端であり揺れています。アメリカでは多くの州が同調しつつある同性婚の問題にも、カトリックは基本的には反対の立場です。新教皇の登場により、こうした面での「改革」を期待する声も大きいのです。

 6点目は、女性聖職者の問題です。カトリックの場合は、この点に関しては、ほぼゼロというのが現状であり、女性差別ではないかという観点から大きな批判があります。この問題に関する「改革」を求める声も相当にあります。

 では、3月19日に正式に就任する「フランシスコ一世」はこうした期待の総てに応えて行くと言われているのでしょうか?

 現時点での答えは「ノー」のようです。1つ目と2つ目の「いわゆる綱紀粛正」には熱心に取り組むでしょうし、恐らくは3つ目の「世界が直面している問題」への取り組みについても、前任のベネディクト16世よりは存在感を見せるのではと言われています。

 ですが、様々な報道を総合しますと、アメリカ社会が期待している4つ目以降の「カトリックの社会価値観改革」については、どうやら期待薄ということのようです。教義に関わるこうした問題に関しては、いくら「庶民派教皇」とはいえ、相当に保守的であり、またそうでなくては教皇庁をまとめてはいけないだろうという観測が多く見られます。

 そんなわけで、アメリカのカトリック、非カトリックを通じた世論としては色々と論評がされているわけです。その一方で、アメリカ大陸出身の教皇の登場で、しかも庶民派ということについては大いに盛り上がっているという構図があり、とにかく話題としては事欠かないということなのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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