コラム

北朝鮮「弾道ミサイル発射実験」の意味

2012年12月12日(水)13時34分

 本日、12月12日午前9時49分頃、北朝鮮の西部(恐らくは東倉里・西海衛星発射場)から事実上弾道ミサイルと見られる物体が南方に向かって発射されました。日本政府の発表によれば、発射された物体は10時01分頃に沖縄上空を通過、10時05分頃にフィリピンの東約300キロの太平洋上に落下したようです。

 また、ミサイルの部品と見られる物体が、9時58分頃に朝鮮半島の西方約200キロの黄海上に、9時59分頃には朝鮮半島の南西約300キロの東シナ海上に、それぞれ落下したと見られ、これも日本政府によれば、3点の落下物は、いずれも北朝鮮が事前に予告した海域に落下したそうです。

 今回の実験の意味ですが、5点あると思います。

 1つは、過去の実験と比較すると「成功」であったということです。これまでの北朝鮮の長距離ミサイル実験について言えば、例えば2009年の「実験」では良くわからない結果となっていますし、今年の4月の場合は1段目の段階で空中爆発を起こしたわけですが、今回は1段目と2段目の切り離しには明らかに成功しているわけです。つまりロケットの1段目ブースターの発射、上昇、切り離しという技術は確立したということが言えるでしょう。特に事前予告した海域に部品を落下させたというのは、初めてだと思います。(ちなみに、北朝鮮は「地球周回軌道に乗せた」と称していますが、こちらは本稿の時点では第3者の確認は取れていません。もしかしたら確認できないままで終わるかもしれません)

 2点目は、ニュアンスとして「何がなんでも周回軌道を目指す」だけではなく、ヨコに長距離の複数段ロケットを発射して、少なくとも1段目のブースターの部分が成功していることを「見せる」というのは、周辺国には「ヨコへ向けて」の「長距離弾道ミサイル」発射能力への接近という印象を与えることができるわけです。政治的な計算を感じます。

 3点目はタイミングです。日本の総選挙の投票日まで5日、韓国の大統領選まで7日というタイミングでの行動には、明らかに両国の政治を撹乱しようという意図を感じます。

 4点目、これもタイミングの問題ですが、アメリカが一時的にこの問題に「スキ」を見せていたということもあると思います。ヒラリー・クリントン国務長官、カート・キャンベル国務次官補の退任が決まる中、後任は決まらず一種の真空状態を突かれたということが言えます。アメリカでも第一報は伝わっていますが、東部時間の夜遅くということもあって、ほとんどのニュースが日本の藤村官房長官の発表だけが材料という頼りない状態です。

 5点目ですが、これまでの実験については中国の胡錦濤政権は、6カ国協議の枠組みの延長で国際社会に代わって影響力を行使する中で「自制を求める」という姿勢で一貫していたわけです。ですが、今回の習近平体制の中国の姿勢は異なります。これは100%確かではありませんが、ミサイルの運搬用車両には中国企業製のものが使用された可能性もあるようです。確かに中国としては「自制を求める」ということを今回も言っていますが、ニュアンスとして「米韓日露と共同で」懸念を持っているというのではなく、「勝手なことをすると、それを口実に軍を進行させて事実上の属国にする」という恫喝、それも北へのものだけではなく周辺国への恫喝にも聞こえるのです。

 いずれにしても、今回の「事件」はそれ以上でも以下でもありません。とにかくこの問題に関しては、日韓関係を修復するということが急務だと思います。その点から考えると「中国も、韓国も、台湾も、ロシアも」とにかく「周辺国に対しては一本調子で強硬であればいい」という無定見なナショナリズムを煽る政党や政治家か、そうではないかを今回の選挙では見極める必要があると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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