コラム

米共和党内の「ワクチン論争」に意味はあるのか?

2011年09月14日(水)13時08分

 9.11の十周年が日曜日で、その翌日の12日には「ティーパーティーとCNNの主催」という変則的な形で共和党の大統領候補ディベートが行われました。ところが、翌日のメディアを賑わせたのは、極めて内向きの話題でした。9.11絡みの、例えばエジプトでの反ムバラク派を支持できるかというような外交政策の論争は本格的には戦われず、話題にもならなかったのです。

 話題になったのは、トップランナーのリック・ペリー・テキサス州知事が「子宮頸癌ワクチンの一斉接種」を知事として実施したことで「炎上した」という問題でした。前回の(といってもつい先週ですが)7日のディベートでも取り上げられていたのですが、とにかくペリー知事が「一斉接種」を行ったのは保守政治家にあるまじき「汚点」だとして各候補から総攻撃を受けたのです。

 どうして、このような問題が大きな騒ぎになるのか、何とも奇妙な現象の中に、「ティーパーティー」を含む現在のアメリカ保守の特徴が出ているように思います。ペリー候補への批判は次のような点です。

(1)政府が公的資金を支出して、市民の健康に対するサービスを拡大するのは「大きな政府」であり、断固反対。ペリー知事の行為は「オバマケア(オバマの医療保険改革に対する保守派の蔑称)」と同様に犯罪的。

(2)子宮頸癌予防(HPVウィルス感染予防)ワクチンは、副作用があり危険。

(3)前思春期の12歳女児に性感染症の予防接種をするのは不道徳であり、反宗教的。

(4)ペリー知事は州法を整備することなく、知事権限の政令で実施したのは独裁的。

(5)ペリー知事は、ワクチン提供会社からの政治献金を受けており汚職の疑念がある。

 批判の急先鋒はバックマン女史で、娘を持つ母親の身としては「危険なワクチンの一斉接種など断じて許せない」と大変な剣幕でした。

 ペリー候補としては、まず(4)の州法でなく政令で実施(その後、テキサスでは中止に追い込まれていますが)したことについては、ひたすらに「平謝り」という姿勢でしたが、それ以外の点に関しては「とにかく危険なガン撲滅のために行ったこと」と反論を続けたのでした。

 12日のディベート後の世論調査はまだ数字が出ていないので分かりませんが、一部にはトップを走っていたペリー候補も、正式な出馬宣言から30日で早くも失速か、などという言われ方をしています。

 しかし、冷静に考えてみれば世界的には有効性の評価が相当に確立しているワクチン接種に対して、このような形で大騒ぎをしているというのは、共和党としては決して得策ではないように思います。にもかかわらず、何とか論争の体裁を取ろうとしているというのは、共和党内の政策は各候補でそれほど差はなくなってきているということがあると思います。オバマの「雇用刺激策第2弾」には絶対反対で一致、財政再建に関して民主党よりもはるかに厳しい目標を立てることでも一致しています。

 あとは、あくまで人格論争というわけで、この問題も「ペリー候補がリベラル的で共和党候補としては保守性が足りない」という人格攻撃の材料として取り上げられているわけです。ただ、この問題にあまり突っ込んでいくと、中道票は逃げていくでしょう。評価の確立しているワクチンへここまで批判を続けるというのは、保守ならではの特殊な価値観だからです。

 もしかすると、その辺でペリー候補は「本選へ行った際の中道票」を計算に入れているのかもしれません。ただ、そうした観点からすると、「安心できる中道実務家」ということですと、ロムニー候補の方が「勝ち目がある」という見方もできるわけで、この2人の「対決」はまだまだ二転三転ということがあるかもしれません。

 逆に「ワクチン憎し」で突っ走っているバックマン候補に関しては、「本選での大統領候補」を狙うことは諦めて、保守票を固め、党内融和の象徴として「副大統領候補」のポストを取れれば御の字、そんな作戦になってきていると見ることもできます。

 いずれにしても、極めて内向きなトーン、そして政策はオバマのアンチという域を出ない中、「コップの中の嵐」を続けている共和党です。だからといって現職のオバマが磐石というのでもないわけで、アメリカの政治全体が「小粒」になっているのです。9.11は急速に遠ざかっているようです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイ首相、カンボジアとの戦闘継続を表明

ワールド

ベラルーシ、平和賞受賞者や邦人ら123人釈放 米が

ワールド

アングル:ブラジルのコーヒー農家、気候変動でロブス

ワールド

アングル:ファッション業界に巣食う中国犯罪組織が抗
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story