コラム

菅政権、3つの危険、3つのチャンス

2010年06月07日(月)11時43分

 鳩山政権は、普天間に関する日米合意に戻るという判断が不評となり、支持率が20%を切って政権崩壊に至りました。菅新首相は、日米合意を尊重をすると言明して選出されながら、60%近い「期待感」を得ています。この事実を評して、日本の世論は気分に流れがちだとか未成熟だというのは誤っていると思います。県外・国外と言っておきながら辺野古に「ブレ」た前政権と、最初から辺野古という現政権にここまで大きな印象の差が生まれるのは、問題が日本の世論の心理に屈折した形で食い込んでいるからだと思います。

 新政権のまず最初の危険は、この世論の屈折です。どうして屈折しているのか、その事情は複雑であり、対応を一歩誤れば政権は恐ろしいスピードで崩壊してしまいます。そのことを肝に銘ずるべきだと思います。日本は超成熟社会であり、世論のスタンスは基本的には懐疑と屈折です。懐疑というのは「うまい話には裏がある」という疑いのまなざしであり、屈折というのは「真に正しいことには実現不可能」という諦念です。この懐疑と屈折の思いに対して謙虚であること、同時に勝負どころにおいては明確なメッセージを出して世論をリードすること、その駆け引きは大変に難しいのですが、この危険性をうまくチャンスに変えて、日本というコミュニティとして決定すべき決定が成されるようにすること、それが新政権の責任だと思います。

 2点目は、この点に関する菅首相の「立ち位置」です。戦後の歴代首相をずっと眺め渡してみても、ここまで野党的な経歴の長い人、リベラルなイメージの強いひとは珍しいように思います。その点で、菅首相の場合は、チャーチルの言ったという「若くしてリベラルでなくては情熱が足りない、成熟して保守でなければ知恵が足りない」という格言を地で行くような化け方をする可能性がゼロではないようにも思います。

 ですが、先ほどの格言自体に、絶対的な真実はないのです。権力の座に就いた途端に「若き日の理想をかなぐり捨てた」となれば悪印象は増大します。また「若き日の非現実性」を引きずっているとしたら、それに不信感を向ける向きもあるでしょう。要は、自分が経験の積み重ねからどう変わってきて、今現在は何を正しいと信じているのかを平易な言葉で語れるかどうかだと思います。この点に成功すれば、政権は浮揚するでしょうが、失敗すれば世論の離反は早いでしょう。

 3点目は、前に述べた「世論の心理」であるとか「自身の立ち位置の説明」というような問題は、所詮は狭い日本の中だけの話だということです。政治が世論を巻き込んだ超成熟社会の心理劇と化すのには、一定の必然はあるにしても、それとは全く別の論理で世界は猛烈な勢いで変化しているのです。北朝鮮情勢も気になりますが、その一方で、欧州経済とユーロの行方、米国の景気と雇用、メキシコ湾の漏出原油汚染とエネルギー・環境問題、イスラエルの孤立と中東問題・トルコの外交路線の変化、そして何よりも中国経済の動向は要注意だと思います。

 この間、様々な政権が「巧拙」を問題にされて崩壊していますが、その点で新政権が実務的な成果を上げるには、もしかしたら国内の心理劇とは切り離された観点から、国際社会の中での最善手を考える姿勢が必要とも思うのです。勿論、最善手を指すためには、幅広く意見を聞き、過去の経緯を熟知することも大切です。ですが、それだけではダメで、国際社会の広がりと時間軸の感覚を含めた大局観が必要でしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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