コラム

ギアボックス故障は新幹線安全神話の翳りか?

2010年03月19日(金)12時30分

 オバマ政権は、どうやら本気で高速鉄道網の整備をするようです。この件に関しては、景気刺激策(2009年)だけでなく、雇用対策法案(2010年3月成立)でも予算をつけているからです。その中でも注目されているのは、カリフォルニアとネバダ州を結ぶロサンゼルス=ラスベガス線と、フロリダ州内のタンパ=オーランド=マイアミ線です。

 前者は、カジノ観光だけでなく見本市会場としてもアメリカ経済の中で重要な位置を占めるベガスと、カリフォルニア経済をより密接に結びつける可能性がありますし、後者の場合は、ディズニー・ワールドとNASA、そしてマイアミ・ビーチなどフロリダ南部のリゾートを結ぶ回遊型のパッケージツアー提案が可能になり、観光業に大きな効果をもたらす可能性を秘めています。

 また、私の住んでいる街を通っているNY=フィラデルフィア=ワシントンDCを結ぶ「北東回廊線」では、現在時速215キロ走行を行っている「アセラ・エキスプレス」がありますが、乗り心地が今ひとつなのと、職員の労使慣行などを含む運行ソフトがいい加減なために、数時間の遅れが起きても誰も驚かないなど、やはり「新世代の高速鉄道」を待望したい気持ちは強いのです。

 この点で、JR東海の葛西会長がご自慢の「N700系」の売り込みを行っているという報道は心強いものがありました。路盤、線路、架線、更には運行システムまで含めた全体のパッケージで売らなくては本来の性能は発揮できないという問題はありますし、果たしてそれがアメリカの文化や組織風土になじむかという問題はあるものの、やはりN700の乗り心地は素晴らしいからです。

 豪快な加速も特筆すべきですが、そしてブレーキを全て回生ブレーキとして、速度ゼロになるまで発電しながら省エネに貢献する設計も魅力です。アメリカの場合は、自動車や航空機でガソリンをジャブジャブ使い、二酸化炭素ガスをモクモク出しているのを鉄道にするだけで省エネになるのは確かですが、どうぜやるなら省エネ最先端まで行くべきです。運行の間隔が余り空いていると回生ブレーキの節電効果が薄れてN700の持ち味が殺される心配もありますが、花形路線への投入であれば大丈夫でしょう。

 ところが、ここへ来て多少ですが暗雲がただよう事件がありました。JRご自慢のN700系のN2編成が、姫路=新神戸間を走行中に12号車社内に白煙を充満させるという故障を起こしたのです。ちなみに、NというのはJR西日本所属を意味し、N2というのはその2番目の編成という意味です。このN2編成は2008年3月に就役し、2010年3月10日に故障を起こすまで約3年稼働しています。

 JR西日本は早速解体検査を行ったところ、12号車に2つある台車のうち東京方についている2番電動台車にあるギアボックス(歯車ケース)が破損し、油が漏れて煙として社内に充満したことが判明しています。その原因としては、ベアリングが破損してギアボックスを損傷したと発表されています。これを受けてJR西日本は今後、ギアボックス内の金属粉を磁石で集めて点検する体制を強化すると同時に、ギアボックスが異常な高温にならないかもチェックするとしています。

 最新の技術の粋を結集したN700の故障というと、また「技術立国ニッポンに翳り」というイメージになるのかもしれませんが、そのように悲観する必要はないと思います。というのは、新幹線車両のギアボックス故障というのは、残念ながら技術革新のウラで避けられない側面があり、過去にもトラブルを乗り越えて改良を重ねてきた歴史があるからです。

 例えば、2階建て車両と豪華な個室などを売り物にした往年の主力車種であった100系車両では、ベアリングの損傷事故や、油漏れによる車輪ロック事故などを経験しています。また、「マックス」の愛称で親しまれている総2階建てのE1系車両でも、今回のN700と同様のギアボックス破損事故を起こしていますし、初代「のぞみ」の300系でも同様のトラブルが報告されています。こうした経験を経て、ベアリングの材質(硬度)を改良したり、高温時の性能を高めた潤滑油を開発したりして現在のN700に至っているわけです。

 100系の場合は、その2階建て部分の慣性重量が大きかったことと、初期のゼロ系とは違ってモーターの無い付随車を採用した編成のために、ブレーキが不揃いで、一部のギアボックスには回生ブレーキをかけたときの負荷があったことが推察されます。また300系の場合は、270キロ営業運転への初のチェレンジということがあり、E1系の場合は、総2階建ての巨大な慣性重量を回生ブレーキが受け止める負荷が当初想定されたより大きかったのでしょう。N700系の場合は、緊急時以外は回生ブレーキ「しか」使わない仕様のため、時速270キロで走行する慣性重量を一気にモーターが発電機として受け止める際の軸受への負荷は相当なものがあり、そこで100系やE1の経験を踏まえた改良をしても追いつかず、結果的に同様の問題が出たのではないかと思われます。

 JR西日本は恐らく鉄道総合技術研究所と共同で検査を続けるそうですが、恐らくはベアリングの強度もしくは潤滑油の品質のあたりに事故原因を絞って改善策を具体化することになると思われます。過去にそうであったように、そうやって新幹線の歴史にプラスの「改良」を付け加えて行くのは自然な流れです。勿論、その改良は同型を多数運用しているJR東海の仕様(Z編成)にも、来春から新大阪=鹿児島中央を直通運転する「さくら」号に投入される同型車の九州新幹線仕様(S編成)にも、そして今後の海外への売り込み仕様にも反映されなくてはなりません。

 アメリカから遠くN700系の応援をしている私としては、できるだけ早く正確な原因の特定がされ、いつの日かN700系が北米の大地を粛々と走るのを楽しみにしたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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