コラム

「常識」を目指した故パパ・ブッシュが残した教訓

2018年12月07日(金)15時50分

しかし、ブッシュは大統領になると、現実主義で温厚派の顔をのぞかせるようになった。クウェートからイラク軍を退治したあと、その勢いでイラクのバグダッドに入り宿敵のサダム・フセインを倒したりせずに、素直に戦争を終えた。野党の民主党と妥協し、障がい者や環境を守る中道的な法案を通した。財政再建のために選挙中の公約を破り、税率を上げた。つまり、選挙中は支持者向けの極端なことを言っていたが、当選したら「全国民の大統領」としての務めを心がけた。

そのためか、1992年に現職大統領として挑んだ選挙に負けた。僕は、この負け方が後世の共和党政治家に大きな影響を与えたと思う。もちろん、当時の不景気も、民主党のビル・クリントン候補の人気も、無所属のロス・ペローの立候補も関係しているが、これらのファクターは本人がコントロールできるものではない。コントロールできることに焦点を当てて、次世代の大統領候補がブッシュの勝利と敗北から教わった教訓は、当選するために手段を問わないことと、当選した後も常識に戻らないこと。

まさに次世代となるジョージ・H・W・ブッシュの息子であるジョージ・W・ブッシュがその教訓を生かしたようだ。(今からみれば比較的に常識的な大統領だったが)ブッシュ・ジュニアはアメリカを史上最悪のテロ攻撃から守れなくても、出口のない戦争を2つ起こしても、財政を崩壊させても再選を成し遂げた。そして「2任期大統領」となった。

これでさらにパパ・ブッシュからの教訓が立証された。全国の支持率が下がっても、政治基盤となるコア支持層が熱狂すれば選挙時に票は入る。そして、全国の得票数で負けても、支持者が集中している田舎の州を抑えれば選挙に勝つ。

これが近年、共和党の勝利のレシピーになった。「常識」を目指したパパ・ブッシュは負けた。それにこだわらないブッシュ・ジュニアは再選した。その後も、共和党から立候補したジョン・マケイン候補やミット・ロムニー候補という「常識人」が大統領選挙に負け、2016年の大統領選で「非常識人の極み」が当選した。

ノーマル、常識、伝統、規範。これらを守る必要があると思われていたが、それは単なる「バイアス」に過ぎないものだったようだ。それから解放されたドナルド・トランプ大統領が2任期大統領になってもびっくりしない(それとも2任期にこだわるバイアスも捨て、3任期、4任期を目指すかも?!)。
 
僕はジョージ・H・W・ブッシュを高く評価する。功績も認め、政治理念が違っても基本は正直でいい人だとみている。むしろ、いい人だからこそ1任期大統領で終わってしまったのかもしれない。

心からご冥福を祈る。
 
でも、そんな彼から始まったトレンドがトランプを生み出し、尊敬できる中道派の共和党大統領の絶滅を招いた可能性を考えると、本当にむかむかする。吐きそうなぐらい。しばらく、僕を首相主催の晩餐会に呼ばない方がいいかもしれない。

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*今回のコラムでちょこちょこバイアス(思い込み、先入観など)という単語を使っているが、僕はちょうど『「日本バイアス」を外せ!』という本を出版したばかりだ。移民、温暖化、AIなど、いま話題のトピックについて、無意識の先入観を外し、世界の例や幅広いデータを取り上げて視野を広げながら議論しよう! という本だ。よければ、お読みください(ゲロの話はまったく出ないし!)。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

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