コラム

金正恩の狂人っぷりはどこまで本物か?

2017年09月23日(土)11時00分

それはそうだ。実際に戦争になったら、北朝鮮が生き残る見込みはない。クレディ・スイスの軍事力ランキングによると、韓国の軍事力は世界で7位。日本は4位、アメリカは断トツの1位だ。一方、北朝鮮はトップ20にも入らない。どの「敵国」と戦っても勝ち目はない。ましてや核戦争になったら、敵国に被害を与えることはできても、自国が地図から消される結果になるだろう。

でも、核を持たないと政権がアメリカに打倒されるであろうことは、リビアのカダフィ政権やイラクのフセイン政権の前例からも明白だ。北朝鮮はそれを理解し、執拗に核・ミサイル開発を続けながら、挑発が一線を越えないようにしている。この判断はやはり正常者の証しだ。
 
では、正常者がなんで狂人の演技をするのか?

金正恩は他国にいかなる圧力をかけられても、核弾頭搭載のICBM(大陸間弾道ミサイル)が完成するまでは、とりあえず逃げ切ろうとしている。その飛び級的な軍事力さえあれば、アメリカと勢力の均衡が得られる。そうすれば安全保障上の脅威がなくなり、北朝鮮はおとなしくなるだろう――よくこう分析される。

しかしそれは、現在の度を超えた言動の説明にはならない。例えば、北朝鮮がアメリカあてのICBM開発だと強調しなかったら、ある程度放っておいてもらえるはずだ。発射や実験の頻度を減らし、賢くタイミングを計れば国際社会は一枚岩にならず、強力な経済制裁の体制が整わないだろう。また融和路線とみせかけ、対話を求めるふりをして時間を稼ぐこともできる。こうした手を使い分けながら核・ミサイル開発を続ければ、国民によりよい生活をさせ、戦争のリスクを減らせると思われる。

つまり狂人の演技をする必要はない。逆に、狂人の演技をしているからこそ偶発的な戦争が起こりうるし、アメリカの堪忍袋の緒が切れる可能性もある。本当に体制を維持したいなら、今の作戦は危険過ぎる。特に、挑発相手の大統領も狂人ぶっているこの時代に。

では、もう一度問う。同じ効果がより安全に得られるやり方があるのに、なぜ自殺願望者のように振る舞うのか?
 
それは、自分の命を顧みないのが狂人の特徴だからだ。つまり、金正恩は自殺願望者のキャラを決め、演技を徹底するつもりだと考えられる。その理由は核兵器と同時に、狂人の評判がほしいからだ。

確かに、核兵器の保有は大きな抑止力になる。でも、誰もが北朝鮮と戦争をする気は最初からなさそうだ。そして、事実上の保有は否定できないが、アメリカが北朝鮮を核保有国として正式に認める道筋はない。放棄をしないかぎり、国際社会への復帰は期待できないはず。つまり、核兵器を持っておとなしくしているだけなら、北朝鮮が置かれる状況は今と何も変わらない。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

シェル、第1四半期は28%減益 予想は上回る

ワールド

「ロールタイド」、トランプ氏がアラバマ大卒業生にエ

ワールド

英地方選、右派「リフォームUK」が躍進 補選も制す

ビジネス

日経平均は7日続伸、一時500円超高 米株高や円安
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story