コラム

【大江千里コラム】新型コロナ騒動でコンサートを中止にして得た「チャンス」

2020年03月27日(金)16時40分

ニューヨークに帰国した翌日に「原点に戻ろうと」大江氏が手作りした和定食の朝ご飯 SENRI OE

<日本で開催中だったツアーを中止し、アメリカへの帰国便に飛び乗った。困難を極める入国審査を切り抜け、ニューヨークに戻った大江氏はこの逆境を憂うでも悲しむでもなく──。>

日本で開催中だったツアーは、2月27日の仙台以降の公演を中止にした。新型コロナウイルスの蔓延を防ぐためだ。滑り出したところだったので悔しかったが、命に関わる未曽有のウイルス沈静化のためには2週間の自粛はすべきと判断した。

早速ニューヨークに戻るための航空チケットを変更し、翌日の便が取れたので飛び乗った。ところが、ロサンゼルス経由で入国する際のこと。われわれ永住権保持者はアメリカ市民権保持者と同じ列に並ぶはずなのだが、見覚えのあるその列から外された。

「え?なぜいつものじゃダメなの?」「ここは家族用よ」と、列を仕切る係員。だがどう見ても、そこは「白人専用」......。

ニューヨークへの乗り継ぎ便の搭乗まで時間がない。やっと自分の番が来ると「過去1カ月に中国に滞在した?」との質問。「いえ、日本だけです。僕はピアニストだけどコンサートがキャンセルになり帰ってきました」。

入国審査官は無表情に「別の場所へ行きましょう」と僕を促し、特別入国審査の最後尾へ再度並ばされた。僕の前のパキスタン人のオヤジと韓国人大学生(彼らはテキサス行きの乗り換え待ち)が、時間がないと話す僕に「先に行きなさい」と順番を譲ってくれた。

今度の担当はアジア系女性。「できるだけ早くやるわ。中国を経由したことある? 過去1カ月で?」と、同じ質問だ。「はい。1月に乗り継ぎで上海に1回」

もしこの人がこれをアウトと判断していたら、空港で2週間の隔離だったのかもしれない。しかし僕は2月27日、なんとか入国できた。

入国審査は混乱を極めていたが、こと音楽の現場に人種の線引きはない。ライブやスポーツ観戦などの醍醐味は「生でそこにいてこそ共有できるもの」だが、今や国内外を海で隔てる線引きすらなくなった。ニューヨークにいてもネットでコンサートを共有し、つながることができる。

僕は今回のツアーのパンフレットをネットのプラットフォーム「note」の自分のページに加えた。変幻自在に変わりゆく「今」をつづりながら、中止になったツアーの「この先の物語」もこのままここで続けようと思う。(noteのページはこちら

あからさまな差別は受けていない

それにしても、今回は音楽やスポーツの「大きな力」を痛感した。だってやはりさみしいもの。ライブを中止にしたことは音楽が退散したわけでも無力だったわけでもない。改めてその力を「再認識するチャンス」だと捉えたい。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

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