コラム

1978年、極左武装グループ「赤い旅団」の誘拐、映画『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』

2024年08月07日(水)17時28分

フィクションも交えながら掘り下げる

4月15日に届けられた第6の声明では、人民の法廷によってモーロの有罪が確定し、死刑が宣告されたが、いつ執行されるのかは明らかにされなかった。そして4月18日に届けられた第7の声明では、モーロの死刑が執行され、死体がドゥケッサ湖に沈められていると記されていた。

この第7の声明については、すぐに旅団を模倣した偽物という結論が下されたが、それでも山中の凍結したドゥケッサ湖で大々的な捜索が行われた。ベロッキオはこの偽の声明が多方面に及ぼした影響を、おそらくはフィクションも交えながら掘り下げている。

2話のコッシーガは、大規模な通話傍受センターを設置するなど、救出に全力を尽くす。モーロから彼に宛てた手紙では、旅団との交渉を求めていたため、対応を検討するが、アンドレオッティの強硬路線が浸透し、手紙で交渉を求めるモーロは錯乱状態で、正気ではないという印象が作り上げられていく。アメリカ国務省のエキスパートにも助言を求めるが、そもそも共産党との連立に懸念を示すアメリカは、救出を優先しているわけではない。


 

パウロ6世の視点で描かれる3話

コッシーガは孤立し、精神的にも追い詰められ、そんなときに第7の声明が届けられる。ベロッキオがその声明を強く意識していることは、明らかに偽物であっても大々的な捜索が開始され、モーロ殺害のニュースが駆けめぐるところでこの2話が終わることからもわかる。それは影響が他へも波及していくことを示唆している。

パウロ6世の視点で描かれる3話では、思わぬかたちでその声明が絡んでくる。モーロと旧知の仲である法王は、解放のために身代金200億リラを用意し、アンドレオッティに掛け合って、政治的承認は得られないものの、極秘裏に交渉を進めることになる。法王の使者となった司教が接触した男は、モーロ死亡の声明が届くことを予告する。

その予告された声明こそ、第7の声明だが、法王や司教はそれが偽物だとはすぐに見抜けず、男を信じかける。罠に気づいたパウロ6世は、接触者が詐欺師か、あるいは、政府内に旅団に金が渡ることを望まない人間がいると推測する。いずれにしてもそれが分岐点になり、教皇は別の方法を選択するしかなくなる。

4話の赤い旅団で後衛を担うファランダは、凍結した湖で大々的な捜索が行われるニュースを見て混乱する。彼女としばしば行動を共にする中心メンバーは、偽の声明が諜報局の仕業で、殺害を容認するサインであり、イタリア人に覚悟させていると考える。ファランダは処刑に反対するが、結局、旅団は4月20日に48時間の猶予を与える本物の第7の声明を発表し、態度を硬化させていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story