コラム

19世紀フランスに深刻な分断を引き起こしたドレフュス事件『オフィサー・アンド・スパイ』

2022年06月02日(木)12時20分

(C)Guy Ferrandis-Tous droits réservés

<ロマン・ポランスキー監督の『オフィサー・アンド・スパイ』は、19世紀末のフランスに深刻な分断を引き起こしたドレフュス事件を題材にベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した......>

ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞したロマン・ポランスキー監督の『オフィサー・アンド・スパイ』は、19世紀末のフランスに深刻な分断を引き起こしたドレフュス事件を題材にしている。

1894年、ユダヤ系の陸軍大尉アルフレッド・ドレフュスが、ドイツに軍事機密を流した容疑で軍法会議にかけられ、非公開の裁判で有罪を宣告される。そんな発端から、1906年に、最終的にドレフュスの無実が認められるまでには、様々な局面がある。だから映画化するには、事件をどう切り取るのか、というよりもそもそもどの人物を主人公にするのかが問題になる。ポランスキーはその点について以下のように語っている。


「最初は当然のことのように映画をドレフュスの視点で描くのを想定していたが、すぐにそれが上手くいかないことに気づきました。パリを起点にして様々な登場人物が行ったり来たりするのに、中心人物が"悪魔島"に缶詰では動きが生まれません。一方、我々が映画を通して描きたかったのは彼の苦しみです」(プレスより引用)

ドレフュス事件を題材にしたこれまでの作品

ドレフュス事件をざっと振り返ってみれば、この発言の意味がわかるだろう。

有罪を宣告されたドレフュスは、その翌年、陸軍士官学校の校庭で公に軍籍を剥奪され、仏領ギアナの悪魔島に送られてしまう。その後、軍の情報局局長に任命されたピカール中佐(任命時は少佐)が、真犯人の士官エステラジーを突き止め、誤りを正すよう上官を説得するが、拒否され、チュニジアに左遷させられる。後任の局長は、ピカールを補佐していたアンリ少佐だが、彼はドレフュスに罪を着せるために偽造文書を作成していた。

1897年にパリに戻ったピカールは、友人の弁護士に相談し、裁判の再審を求めて政治家が動き出す。エステラジーの名前が公表されたことで、その翌年、軍は調査を開始し、軍法会議を招集するが、エステラジーは無罪となる。それに反応したのが作家エミール・ゾラで、<オーロール>紙に「私は告発する」を掲載する。法廷で裁かれたゾラは、禁固一年の有罪判決を受け、イギリスへの亡命を余儀なくされる。しかし、次第に風向きが変わる。アンリ中佐が文書の偽造を自白し、1899年、ついにドレフュスが悪魔島から帰還し、新たな軍法会議にかけられることになる。

ドレフュスがすぐに悪魔島に送られ、彼以外の人物たちが真実をめぐってせめぎ合っていくため、この事件を題材にしたこれまでの作品でも、それぞれに異なる人物が主人公に据えられている。

なかでもアカデミー賞の作品賞を受賞したウィリアム・ディターレ監督の『ゾラの生涯』(37)には注目しておくべきだろう。ポランスキーが、事件に関心を持ったきっかけを以下のように語っているからだ。


「まだ若かった頃、エミール・ゾラの半生を描いたアメリカ映画でドレフュス大尉が失脚するシーンを見て、打ち震えました。その時、いつかこの忌まわしい事件を映画化すると自分に言い聞かせました」

「ゾラの生涯」という題名は伝記映画を思わせるが、中心になるのは晩年のゾラとドレフュス事件だ。ピカール中佐が発見した真犯人を示す証拠を、ドレフュスの妻がゾラに届けて支援を求め、立ち上がったゾラが、法廷で真実を隠蔽しようとする軍と対決する。そんなドラマではペンと剣の闘いが際立ち、事件の背景にある反ユダヤ主義は、ほのめかす程度にとどめられている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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