コラム

生態系を再現するような農場を造る『ビッグ・リトル・ファーム 』

2020年03月13日(金)15時15分

人類が直面する危機の中で、もっとも認識されずにいる問題でもあった...... 『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』

<生態系を再現するような農場を造り上げていく夫婦の8年にわたる奮闘を記録したドキュメンタリー>

ジョン・チェスター監督『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』は、「究極の農場」を目指す夫婦の8年にわたる奮闘を記録したドキュメンタリーだ。本作の監督でもあるジョンは野生動物番組のカメラマンで、妻のモリーはシェフ兼料理ブロガー。彼らは、化学肥料と農薬を用いた慣行農法とはまったく異なる手法によって、生態系を再現するような希望に満ちた農場を造り上げていく。

大都会ロサンゼルスに暮らしていた夫婦が、農場に挑戦するきっかけは、殺処分寸前で保護した愛犬トッド。その鳴き声が原因で立ち退きを余儀なくされた彼らは、モリーの夢こそが解決策と考える。それは、伝統農法を活用して、自然と共生するかたちで、あらゆる食材を育てることだった。

なんとかスポンサーを見つけた夫婦は、200エーカー(東京ドーム17個分)もの荒れ果てた農地を手に入れ、モリーが招いた伝統農法のコンサルタント、アランの指導の下で、自然に翻弄されながらも試行錯誤を重ねていく。彼らは作物を育てるだけでなく、鴨、鶏、牛、羊、豚などの動物も集める。やがてそこには、在来の野生生物も引き寄せられてくる。

夫婦の挑戦は、世界が抱える問題と深く関わっている

本作で筆者がまず注目したいのは、モリーの夢の背後にあるであろう問題意識だ。それがなければ、周囲から無謀すぎると言われる計画に挑戦したりはしないだろう。だが、本作の導入部では、伝統農法や自然との共生という言葉があるだけで、問題意識が具体的に語られることはない。だから、愛犬の問題をきっかけにモリーと彼女に共感するジョンが、夢を叶えていく物語に見えかねない。

しかし、この夫婦の挑戦は、世界が抱える問題と深く関わっている。本作を観て筆者がすぐに思い出したのは、地質学者デイビッド・モントゴメリーが書いた『土・牛・微生物 文明の衰退を食い止める土の話』のことだった。環境保全型農業を題材にした本書を読むと、モリーの問題意識も察せられるし、夫婦を指導するアランがやろうとすることもより明確になる。

oba0313a200_.jpg

『土・牛・微生物 文明の衰退を食い止める土の話』デイビッド・モントゴメリー 片岡夏実訳(築地書館、2018年)

モントゴメリーが、環境保全型農業に関心を持つきっかけはなかなか興味深い。それは、彼と妻のアンが郊外に家を買ったことだ。その中庭は荒れ果て、土壌は生命のない泥で、ミミズは一匹もいなかった。花壇作りを夢見ていたアンは、その土壌を覆ったり、堆肥を作ったりするために、あらゆる有機物を家に運び込むようになり、彼は我慢を強いられる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

仮想通貨規制、各国で「重大な格差」とリスク指摘=F

ビジネス

トランプ大統領と独メルク、不妊治療薬値下げと関税免

ビジネス

IMF、今年のアジア成長率予想4.5%に引き上げ 

ビジネス

関税コスト、米消費者の負担にならず=ミランFRB理
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体は?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 6
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 7
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 10
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story