コラム

『わたしは、ダニエル・ブレイク』監督の新作、英国社会の底辺の現実

2019年12月12日(木)15時30分

イギリス社会の底辺の現実が掘り下げる.....『家族を想うとき』 photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

<『わたしは、ダニエル・ブレイク』のケン・ローチ監督が、前作と同じニューカッスルを舞台に、異なる視点からイギリス社会の底辺の現実を掘り下げる......>

以前コラムで取り上げた『わたしは、ダニエル・ブレイク』につづくケン・ローチ監督の新作『家族を想うとき』では、前作と同じニューカッスルを舞台に、異なる視点からイギリス社会の底辺の現実が掘り下げられる。

個人事業の宅配ドライバーとパートタイム訪問介護士の妻

その物語は、宅配ドライバーとして独立することを決意したリッキーが、本部の責任者マロニーからオーナー制度の説明を受け、フランチャイズ契約を結ぶところから始まる。彼は、本部の車を借りるより買った方が得だと判断するが、借金を抱えているため、パートタイムの訪問介護士として働く妻アビーが使っている車を手放して手付金を調達するしかなかった。

リッキーは、1日14時間週6日で、2年も働けばマイホームが手に入ると考えている。だが、夫婦が、16歳の息子セブと12歳の娘ライザと顔を合わせる時間は激減し、家庭内にトラブルが起こり、家族は次第に追い詰められていく。

政府の緊縮財政政策と"ギグ・エコノミー"という働き方

本作を観ながら筆者がすぐに思い出したのは、イギリスのジャーナリスト、ジェームズ・ブラッドワースが書いた『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』のことだった。本書では、著者がアマゾンの倉庫、訪問介護、コールセンター、ウーバーのタクシーで実際に働いた経験が綴られると同時に、イギリス社会の性質の変化も掘り下げられる。

oba1212a.jpg

『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』ジェームズ・ブラッドワース 濱野大道訳(光文社、2019年)

2008年の世界金融危機以後の変化は、大きくふたつに分けられる。ひとつは、政府の緊縮財政政策だ。政府は公共サービスのための予算を大幅に削減し、業務の一部を民間企業に委託するようになった。『わたしは、ダニエル・ブレイク』には、その現実が浮き彫りにされていた。

そして、もうひとつの変化が、以下のように表現されている。


「世界金融危機のあと、自営業者が100万人以上も増えた。その多くが、インターネットなどを通じて単発の仕事を請け負う"ギグ・エコノミー"という働き方を選んだが、彼らに労働者の基本的な権利はほとんど与えられていない」

ローチが本作で掘り下げているのは、このもうひとつの変化だ。リッキーは、追跡機能を備えた集配用端末に管理され、時間に追われまくる。運転台を2分離れると電子音が鳴り響く。仲間からは、尿瓶として使う容器が手渡される。そして、彼に重くのしかかるのが、代わりのドライバーを見つけられずに仕事を休めば、100ポンドのペナルティが課せられることだ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=続伸、S&Pが終値で最高値 グロース

ビジネス

再送-11月の米製造業生産は横ばい、自動車関連は減

ワールド

米最高裁、シカゴへの州兵派遣差し止め維持 政権の申

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、GDP好調でもFRB利下げ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story