コラム

現代アートを題材に、現代社会の不条理を描いた『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

2018年04月27日(金)16時30分

主人公は、現代美術館のチーフ・キュレーター『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(C) 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

<カンヌ映画祭のパルムドールを筆頭に、多くの映画賞に輝いている問題作>

スウェーデンの異才リューベン・オストルンドの新作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』は、第70回カンヌ映画祭のパルムドールを筆頭に、多くの映画賞に輝いている問題作だ。

主人公は、現代美術館のチーフ・キュレーターを務める知的で洗練された男クリスティアン。美術館では、彼が手がける「ザ・スクエア」という新たなプロジェクトの展示の準備が着々と進められている。それは、会場に設置された四角形の枠内では、困っている人がいたら、誰もがその人を手助けしなければならないという「思いやりの聖域」をテーマにした参加型アートだ。

そんなある日、携帯と財布を盗まれたクリスティアンは、GPS機能で犯人が住むアパートを突き止めると、全戸に脅迫めいたビラを配って返却を迫る。その甲斐あって、携帯と財布がビラで指定したコンビニに届けられる。だが、ビラが原因で深く傷つけられた少年がクリスティアンに付きまとうようになる。さらに、プロジェクトのPR手法が問題になり、彼は窮地に立たされる。

心理学の「傍観者効果」を意識

これはオストルンド監督の作品全般にいえることだが、彼の発想や視点は心理学から大きな影響を受けている。

たとえば、彼の初期の作品では、電車のなかである乗客が嫌がらせを受けていても、他の乗客たちが見て見ぬふりをするような場面が印象に残る。彼は、「傍観者効果」を踏まえてそうした場面を盛り込んでいる。傍観者効果とは、困っている人や危機的な状況を目撃する人の数が多ければ多いほど、なにか行動を起こす人が減るという現象だ。

この新作は、導入部のタイトルにつづく短いエピソードだけでも、傍観者効果が意識されていることがわかる。そこでは、人々が行き交う街の路上を舞台に、どこかから助けを求める声が聞こえてきたとき、通行人たちがどのような反応を示すのかが描かれている。このエピソードは、終盤でクリスティアンがとるある行動の伏線になってもいる。

さらに、オストルンドの発想や視点に関連して、もうひとつ注目しておきたいことがある。彼はだいぶ以前からインタビューで、スウェーデンにも登場するようになった「ゲーテッド・コミュニティ」にたびたび言及している。

ゲーテッド・コミュニティとは、敷地をフェンスや壁で囲い、出入口にゲートを設置し、部外者の出入りを制限する住宅地のことだ。そこには、自分たちの責任の境界を決め、ゲートの外側の世界に対して傍観者になるような姿勢を見ることができる。

主人公のクリスティアンが手がける「ザ・スクエア」は、傍観者効果やゲーテッド・コミュニティに象徴される現代社会に一石を投じるプロジェクトといえる。そのプロジェクトと彼が携帯や財布を取り戻そうとすることは、無関係なように見えるが、実は深く結びついている。彼がGPS機能で突き止めたアパートは、貧困層が暮らす地域にあり、格差が絡んでくるからだ。

では、なぜクリスティアンは、脅迫めいたビラを配るという手段に出るのか。それを最初に思いつくのは彼のアシスタントだが、明らかに彼自身も乗り気になっている。オストルンドは、そんな彼の心理を鋭く掘り下げていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story