コラム

改革開放の「真実」はどこにあるのか――閻連科『炸裂志』を読む

2017年01月11日(水)18時23分

「検閲に壁はあるかもしれないが、私の心の中に壁はない」

 権力の束縛のもと、書くか書かないかというギリギリの選択肢を突きつけられる日々を送る中国の作家は、一作、一行ごとに、強烈な緊張を強いられる。

 常に中国社会を揺らす作品を書き続ける閻連科という作家は、体制内か体制外かで区別すれば体制内だが、「体制内のアウトサイダー」たろうとする強靭な意志で少なからぬ波紋や反響を呼ぶ作品を送り出し続ける。

 その点についてインタビューで閻連科は印象深い言葉を残した。

「出版の自由、言論の自由を私は渇望しています。しかし、一人の小説家がいくら批判しても、現状を変えられるわけではありません。ただ、30年前と比べて、包容性も生まれてきています。『炸裂志』も出版されました。『四書』は香港と台湾のみの出版ですが、過去であれば監獄に入れられたかもしれませんが、私は中国で正常に暮らしています。これは中国の一つの進歩だと認めなければならない。非常に小さな一歩ですが、以前は不可能だったことです。『炸裂志』の出版でも、どこかに連れていかれてもおかしくはなかった時代がありました」

「中国で、限られた範囲のなかで、どのように執筆を続けるかは、作家が向き合わなくてはならないことです。それは作家の知恵であり、芸術における力量なのです。表現を放棄する人も、権力を誉めたたえる側に回る人もいる。しかし、文学の旅を続けることもできる。作家それぞれの選択は異なります。私は精神の自由を重視します。その意味で、私の作品は間違いなく自由の中で生まれたものです。それ以上はあれこれと考えても仕方のないことなのです」

 この指摘こそが、かつて来日時に閻連科が語った「検閲に壁はあるかもしれないが、私の心の中に壁はない」という至言の意味であろう。

 本書については、15万部というベストセラーとなった中国でも賛否両論があった。過剰なほどのデフォルメされた人間たちの姿に、嫌悪感を抱く中国人も多かったはずだ。しかし、それこそが閻連科の唱える「神実主義」の罠なのである。事実の発掘が全うされない社会において、事実を超える「真実」を突きつけることによって、人々の視界から、中国のスモッグのように消されている事実を逆に照らし出すという手法なのである。

 鄧小平が1970年代末にスタートさせた改革開放はいま、ある意味で、習近平時代の到来によって実質的に終焉を迎えようとしている。改革開放とはいったい何だったのか。今日の中国をみながら、私たちは自問自答する。改革開放を考える上で本書が格好のテキストとなることは間違いない。そして、その鋭い問題意識と文学的な沈着は、まさに現代中国を代表する作家の最新作としてふさわしいクオリティを秘めたものだ。だが、内容には作家の「毒」が満載されており、我々は心して本書の一ページ目を開かなくはならない。


『炸裂志』
 閻連科 著
 泉京鹿 訳
 河出書房新社

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

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