コラム

増税があらゆる世代の負担を拡大させる理由

2018年12月21日(金)18時30分

chachamal-iStock

<増税論をめぐっては、政府債務の将来世代負担論がしばしば主張されるが、赤字財政政策は状況によっては将来負担を減少させる場合さえあることを明らかにする>

本稿は「財政負担問題はなぜ誤解され続けるのか」(2018年12月10日付)の続編である。この前稿では、「政府債務は必ず将来世代にとっての負担となる」という一般的通念が経済学的には誤りであることは、最も幅広く読まれてきた経済学の教科書にさえ銘記されていることを確認した。にもかかわらず、そのような政府債務の将来世代負担論は、政策論議の中で現在でも公然と主張されているのである。

本稿ではさらに進んで、赤字財政政策はむしろ状況によっては将来負担を減少させる場合さえあること、そして赤字財政政策の負担と呼べるものが現実にあるとすれば、それは政府債務それ自体というよりは、それを縮小しようとして行われる不適切な緊縮政策によるものであることを明らかにする。

『サムエルソン経済学』が指摘する「赤字財政のパラドクス」

多くの人々は、赤字財政政策はむしろ将来負担を減少させるという主張を聞けば、財政政策万能論者の政治的プロパガンダにすぎないのではないかという印象を持つかもしれない。しかしながら、その主張は確かに経済学的な根拠を持っているのである。それを確かめるために、ここでは再び、前稿で依拠した『サムエルソン経済学』(都留重人訳、1977年、岩波書店、Paul A. Samuelson, Economics, 10th edition の邦訳、以下『経済学』と略称)の第19章「財政政策とインフレーションを伴わぬ完全雇用」を見てみよう。


将来の展望としては、われわれは、 (1)完全雇用の時期に生じ、 そして政府資本形成を作り出すことなく、 (2)民間投資の抑制(連邦準備政策かまたはインフレーションそれ自体によりを不可避にするような公債の増加こそが、現実に「負担」(将来の資本および産出高が、さもない場合よりは少なくなること)を意味する、ということができる。他方、そのほかにはC+l+G表の均衡交点を完全雇用の方向に近づける実行可能な方法が何もないときに負債を負うことは、実際には、さもなければ生じたであろう以上の資本形成や消費をそのとき現実に誘発する度合に応じ、すぐさきの将来にたいする負担を逆に減らすことになる!(第13章の「節倹のパラドクス」を想起されたい。すなわち、社会的に節倹度を下げることが、ときには資本形成を減らすよりもふやすこととなりうるのである。)(『経済学』600頁)

この説明には二つの重要な命題が含まれている。その第一は、「赤字財政政策が将来負担をもたらすとすれば、それはもっぱら、完全雇用時に行われ、かつそれが民間投資のクラウド・アウトをもたらす場合に限られる」ということである。その第二は、「不完全雇用時に行われる赤字財政政策は、場合にはよっては、それが行われなかった場合よりも将来負担を減らす可能性がある」である。つまり、赤字財政政策がもたらす「負担」は、完全雇用時と不完全雇用時ではまったく逆転する。この引用文に指摘されているように、そのことは、しばしば不況克服のためと称して行われる不況期の節約が不況をさらに悪化させるという、いわゆる「節約のパラドクス」に対応している。以下では、その経済学的な意味を考えてみることにしよう。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米特使がロに助言、和平案巡るトランプ氏対応で 通話

ビジネス

S&P500、来年末7500到達へ AI主導で成長

ビジネス

英、25年度国債発行額引き上げ 過去2番目の規模に

ビジネス

米耐久財受注 9月は0.5%増 コア資本財も大幅な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 7
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story