コラム

原発処理水「中国の過剰反応」は怒っても無駄、あきらめるしかない

2023年08月28日(月)13時14分

変更不能な「教義」

とはいえ、「日本は核汚染水の排出によって『人類に対する罪』を犯している」という主張は、もはや中国政府が決定した変更不能な「教義」となっており、論理的説明や議論によって覆せる段階ではなくなりつつある。

日本と中国は、国家の制度設計が根本的に異なる。13億の民を平和裡に統治するために、私たち西側諸国が当然の権利と捉えているものを、彼らは少なからず犠牲にしている。

その一つが、「社会問題に対する自律的な判断」といったものだ。中国には現在、51基の原発が存在するが、原発建設の是非をめぐって議論が起きることはない。なぜなら、議論が起きるような情報は一切国民に出さず、さっさと作って運用してしまうからだ。

国民を不安にさせるような情報や、政府の決定に疑問を抱かせるような情報は、できる限り出さない。良し悪しは別として、これは中国政府が国家運営を行う上での大前提だ。そういうスタンスの国に対して「透明性の高い情報公開を行い、粘り強く説明責任を果たす」といった民主主義スタイルの働きかけをすることは、何かが根本的に噛み合わないのかもしれない。

不利なルールの「情報戦」

この件に限らず、日本を含む西側諸国では、社会問題について賛否両論のさまざまな立場の声が報道される。当然、自国政府に対する反対意見も報じられる。

中国はそうした意見をこれ幸いとクローズアップし、自説の補強に役立てる。今回も、排水に反対の立場を取る日本国内の漁連や有識者、風評被害に困っていると語る水産会社の声、排出反対のデモ活動などが集中的に報道された。結果、「日本国内でもこれほど多くの反対や懸念の声があるのに、日本政府は排水を強行している」とのニュースが大量生産されている。

中国という超巨大なフィルターバブルのなかで暮らす人々はさぞや不安だろうし、日本を憎みたくなるのも止む無しという状況である。

「情報戦」という言葉が使われるようになって久しいが、日本と中国の間で行われている情報戦は、片方だけハンドオーケーのルールでサッカーの試合をしているようなものだ。彼らは不都合な情報は自国内でどんどん削除し、相手チームの多様な言論のなかから都合の良いものだけピックアップして集中投下できる。

そんな相手と情報戦を戦っても、日本には勝ち目がない。せめて、引き分けに持ち込めれば上出来だ。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。現在は大分県別府市在住。主な著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHPビジネス新書)、『香港少年燃ゆ』(小学館)、『一九八四+四〇 ウイグル潜行』(小学館)など。

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