コラム

サッカーブラジル代表が黒いユニフォームを着た意味──グローバルサウスの抗議

2023年06月23日(金)09時00分

こうした動きにブラジル議会も反応し、ヴィニシウス・ジュニオールが退場処分を受けた試合の後、「人種差別的なサッカーの試合の延期・取り消し」を認める法律を可決した。

これはもちろんブラジル国内でしか効力のない法律だが、スペインあるいはヨーロッパのサッカー連盟に対する異議申し立てともいえる。「差別問題が繰り返されているのに、そしてアフリカ系選手がいないと欧州サッカーは成り立たないくらいなのに、なぜ欧州はこれくらい厳しい法的措置を取らないのか」ということだ。

ヴィニシウス・ジュニオールの支援者でブラジル出身のミュージシャン、アラン・ペブリグラツェは「これはスペインリーグだけの責任ではない...欧州サッカー連盟もブラジルと同じようにクラブやファンを懲罰できるようにするべきだ」と主張する。

「従順でない」グローバルサウス

数あるスポーツ競技のなかでもサッカーはとりわけ人種差別が表面化しやすいものの一つで、こうした問題はヴィニシウス・ジュニオール以前から何度も繰り返されてきた。その度に先進国では「人種差別の撲滅」が叫ばれてきたものの、むしろ逆にエスカレートしてきた。

現在ではサッカーの試合そのものが、記録的なインフレや生活苦で蔓延するフラストレーションの発散、いわゆる「憂さ晴らし」に使われているとさえいえる。ヴィニシウス・ジュニオールは才能豊かなスター選手だからこそ集中的に攻撃されたというべきだろう。

とはいえ、人種差別は当のブラジルでも、あるいは世界中のどこでもある。

だからこそ、重要なのは世界全体での差別対策にあるわけだが、他の分野で「人権」を唱導する先進国はこの部分ではあまり熱心とも思えない。

それはブラジルをはじめ途上国・新興国で「先進国の不公正」を強く意識させやすい。

こうした矛盾は途上国・新興国の発言力が弱い頃は反発も封じ込まれやすかった。しかし、時代は変わった。2021年段階でブラジルのGDPは1兆6100億ドルで、かつて中南米一帯を支配したスペインの1兆4300億ドルを凌ぐ。

時代が変わるなか、先進国がこれまで以上に差別問題に真摯に向き合わなければ、ウクライナ戦争をめぐって表面化したように、途上国・新興国がさらに先進国に「従順でなくなる」ことも想定される。その意味で、ブラジル代表の黒いユニフォームは、いわばグローバルサウスから先進国への抗議を象徴するのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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