コラム

アフリカ4カ国歴訪の岸田首相、687億円の拠出にどんな意味が

2023年05月09日(火)19時00分

コロナ禍という未曾有のショックを受けたとき、国民向けの支援さえ「貸す」中心だった日本政府が、外国相手に簡単に自腹を切らないのは不思議でない。

さらに、これも良し悪しはさておき、日本政府は欧米各国と異なり「国際協力」のカテゴリーに民間投資も含めている。

したがって、昨年のTICAD8で示された300億ドルに関しても、貸付と民間投資がかなりの割合を占めるものと考えられている(政府は詳細な内訳を発表していない)。今回の5億ドルにしてもほぼ同様とみた方がよいだろう。

アフリカの先にある中ロ

これに付け加えて、「国際協力は人道的観点から行われる」と暗黙のうちに想定する人も多いが、これも神話に近いものとさえいえる。どちらも「そうであるはず」という思い込みに近いからだ。

いくら人道的に問題が多くとも、外交関係の悪い国に援助することに熱心な国はない。また、それとは逆に、いくら人道的に問題が多くても、外交関係さえ良ければ、その国の政府の責任が不問に付されることも珍しくない。

むしろ、国家予算を投入する以上、実際にはほぼ常に「自国の影響力を増すため」といった外交目標が含まれる。それは中ロなどだけでなく、程度の差はあれ、西側も基本的には同じだ。

今回のアフリカ支援の場合、究極的には中国やロシアへの牽制という意味が大きい。

アフリカでは2000年代から資源開発を目当てに各国が進出レースを展開している。

その一方で、国連加盟国の約1/4を占めるアフリカは、国際的な舞台で発言力を増そうとする国にとって、大きな「票田」と位置づけられる。

こうした背景のもと、とりわけ西側が警戒を募らせているのが、豊富な資金力を背景に進出を加速させる中国と、イスラーム過激派掃討などの軍事協力をテコにするロシアだ。

だからこそ、岸田首相は今回の歴訪中、折に触れて「自由で開かれたインド・太平洋」、「法に基づく国際秩序」を連呼した。これはいわばアフリカの先に中国やロシアの影を見据えたものといえる。

その意味で今回、現職首相が訪問したことの意味は大きい。

これまで在任中にアフリカを訪問した日本の首相は、森喜朗、故・安倍晋三の両氏だけだ。

これに対して、中国の場合、習近平国家首席や外交を統括する王毅氏がほぼ毎年アフリカ各国を訪問している。

一方、バイデン大統領は2020年大統領選挙の時からアフリカとの関係強化を謳い、昨年はアフリカ訪問を約束したものの、いまだに実現していない。

この状況下、岸田首相の訪問はアフリカ各国だけでなく、目前に迫ったG7広島サミットでアメリカをはじめ他の主要国に「日本の本気度」をアピールする効果があったといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story